吃音者が黙ってしまう、あきらめてしまう背景(再掲載一部改編:初掲載は2013年11月22日)

 どもることで大きく悩んでいる人が
「どもることで悩んでいることを誰かに話さずに黙ってしまう、誰かに気持ちを伝えることをあきらめてしまう」背景には・・・

 例えば
★学校で授業中に指名されても、どもって、まともにこたえることができない、わかっているのに「わかりません」とこたえてしまう

★先生から指名されてする教科書の音読がどもってできないか、できにくい

★本来は楽しいはずの友達との会話がうまくできない

★どもることを笑われたり、いじめの対象になる。(直接のいじめ、ネット上のいじめ)

 こんな毎日を繰り返すうちに悩みが高じてうつ状態になり、学校に行くのが怖くなり、たまに休むようになり、ついには引きこもってしまう、

 大人の場合は、
 職場では(現実には、そもそも就職するまでにかなり大きな壁がありますが、たとえ有力者の「コネ」で就職したとしても・・・)、

★かかってくる電話をとっても、自分の会社名「はい○○会社です」が言えないか、なかなか出てこない。

★顧客を訪問するためのアポをとる電話をすることができない。思い切ってかけても自分の会社名や名前が言えないか、なかなか出てこないか、どもり特有の大きなつっかえになってしまい大笑いされる。
(電話をしている先方よりも、むしろ、同じ部屋で自分の電話を聞いている同僚に)そして、同僚や上司が気になり、外に出て公園などで携帯を使って電話をするが、それでもどもってしまう。

★訪問先の入口で内線電話やインターホーンで担当者を呼び出す際には大きくどもってしまい要領を得ない。

 こんな毎日を繰り返していれば、次第にうつ状態となり、職場に足が向かなくなります。

 さらに、唯一の安らぎの場であるべき家庭でも家族の理解が得られないばかりか、「どもるくらいで考え方が甘い」などと怒られてしまっては、
もう安心して生きる場所がありません。
*こういう想定をすること自体、「比較的軽いどもり」について考えて書いているのであって、ほんとうに重いどもりを持っている場合は、事実上オフィスでの事務系の仕事や営業系の仕事は無理です。
または、「これらの仕事ができるかできないかくらいのボーダーライン上にいるくらいの重さや症状の吃音者」が、心理的にはいちばん辛いのかもしれません。

 現実には、症状の重い人ほど、
また、客観的には軽く見えても悩んで精神的に追い込まれている人ほど、引きこもりがちになり・・・、
「どもりでいま困っていること」、
「子供の頃からどれほどつらい思いで生きてきたか」などの「本心」を明かすことができずに、現実の重さの前に、自分のどもりの悩みを誰かに伝えることを「あきらめて」しまう。

 いままで書いてきたことは特別な事例ではありません。ごく普通にいる吃音者です。

 こういうような「どもりをもって悩んでいる人」をサポートするならば・・・、
★どもりで悩んでうつ状態までなっている場合には、いやそうなる前に、精神科医や臨床心理士による継続的な心理カウンセリングが必要です。医師の判断によっては精神安定剤などの投薬も必要かもしれません。
それも月に1度とかいう頻度ではなくて、週に1度くらいの頻度で通院する必要があるかもしれません(特に通い始めてからしばらくは)。
通う環境も、学校帰りや会社帰り、また、土曜・日曜の(利用者にとって)都合にいい時間帯に、気軽に通える環境が必要です。(もちろん保険適用で)

★家庭や職場・学校の人間関係に問題がある場合、パワハラ、いじめなどにあっている場合には、自分が属している学校や職場から独立した立場のソーシャルワーカー・弁護士などのサポートが必要です。

★そのうえで、どもりのセルフヘルプグループに参加して、ひとりでよいのでこころから話せる親友を見つけることができれば、精神的には大きく救われることでしょう。生涯の友になるかもしれません。

 しかし、そういう状況にはないのが、いまの日本です。
 これで、世界有数の先進国というのだから笑ってしまいます。(国民病とまで言われているうつ病についても同様なことが言えるのではないでしょうか?)

 このような現実のなかで、いま悩んでいる吃音者は、あきらめてしまったり語らなくなってしまうのです。

どもり:長く続くコロナ禍で吃音者を取り巻く状況はどうなっているのか?(その2)

 さて、こどもは、学校に行かずに自宅でオンライン授業を受けたり、登校とオンライン授業が半々になったり、この2年近くは実に落ち着かない時間を過ごしたと思います。
*そのこどもの環境も、自分の部屋がある家庭、ない家庭、共働きの家庭、ひとり親の家庭などにより、様々な問題が出ているはずです。

 どもりを持っているこどもにとって、コロナ禍の落ち着かない状況は、当然のように、ことばにも悪い影響を与えているでしょう。
オンライン授業下でのことばのやりとりは、実際の授業よりもストレスを感じているのではないでしょうか?

 そんなどもりをもったこどもに特化したサポートなど行なわれているはずもなく(もしも行なわれていたら教えてください)、ひとりで悩んでいるのは、20世紀(80年代、90年代)と比べても変わってはいないと思います。

どもり:長く続くコロナ禍で吃音者を取り巻く状況はどうなっているのか?(その1こどもは?)

 私が今回の新型コロナのことを知ったのは2019年12月のはじめ頃、ネットのニュースかNHK BSのワールドニュースだったと思います。
 それから1年半以上が過ぎましたが、日本では未だにコロナによる医療の危機的状況が続き、学校(こどもの心と体の健康)、職場(倒産、雇用の不安定)、家庭(家庭内感染の恐怖、生活の不安定)など、大変な状況です。

 このブログのテーマの吃音者、どもりを持つこどもから大人までの方々はどのような生き方を強いられているのでしょうか?

 その1、どもりを持つこどもはどうしているのか?
 障害のないこどもでもコロナによる様々なストレスにさらされているいま、どもりを持つこどもは、家庭内で学校で、どのような(特別な)ストレスにさらされているのでしょうか?

いつもとの違いに対応できているのか?

1、授業の多様化(学校でのライブでの授業、オンライン授業)に対応できているのか?
2,家にいることが多いなか、いままでなかったストレスにさらされていないか?

次回に考えていきます。

真面目で向上心のある吃音者がむしろ追い込まれる(たびたび再掲載一部改編:初掲載は2018年10月26日)

お暑うございます。

2013年ですが、北海道の看護士の男性が吃音を苦に自殺したとの報道に接しました。
第一報は当時このブログに書き込んでいただいた方のコメントで知りました。
北海道の放送局のニュース映像で見た記憶があります。

報道ベースの内容しか知りませんが、
普段からセルフヘルプグループに積極的に参加して前向きに活動していた方らしいです。真面目な男性看護師が病院に入り業務のなかでしだいに追い込まれていき、ついには自殺という悲劇的な結末で終わってしまった。

どもりを持ちながら仕事をしている多くの方にとってはこのことは人ごとではありませんでした。(なかなか仕事に就けない方も含めて)

営業系や事務系の職種で直接に、または電話で話すことがあたりまえにある方にとってはもちろん、
営業系、事務系ではなくても、どんな職場でも、それなりの人とのことばによるやりとりはありますので、
自殺が自分のことのように深刻にまたつらく感じた方も多かったと思います。

いまさら言うまでもありませんが、現実の社会では、学校でのいじめ、職場でのパワハラ、過労からくる鬱などが蔓延しています。
学校でのいじめは、相変わらずの学校側に逃げ腰や隠蔽体質があります。
職場では働き方改革という言葉とはほど遠い日本の労働環境です。
こんな状況下ででどもり持ちにはどれほどのれほどのストレスがかかっているでしょうか?

ましてや、1年半以上のコロナ禍で、家庭、学校、職場など、いろいろなところで人間関係のひずみが大きくなっています。

「言葉で伝える」ということは生活や仕事の基本です。

できるだけ話さない仕事を選んだつもりで入った現場でも、
思ったよりも話をする、言葉で伝えることが多くて、それに耐えられずに途中で辞めてしまう方もいらっしゃいます。

医療系の仕事は、間違いがあると人の命に関わるので、声を出しての確認・確認の繰り返しでしょう。ある意味、究極の「ハキハキ」が求められます。
*患者として病院にかかるだけでも充分にわかります。

そのような仕事の現実を無視して、吃音を語っても説得力がありません。

以前もも少し書きましたが、どもりを苦に自殺した方の事例のなかにこそ、社会のなかで生きていく吃音者の生きづらさ・問題点が凝縮されていると思います。

耐えがたいような現実の厳しさにぶつかりながらも、それでもセルフヘルプグループなど会合の場では前向きな発言をして、かえって自分を追い込んでしまい、こころが折れてしまうようなことがないように・・・、

極端な悲観はいけませんが、根拠のない(はっきりしない)楽観はそれ以上に危険です。

現実を生きる吃音者が、負のスパイラルに陥ったままにならないようにするにはどうしたら良いかを考えていくことこそが、どもりを苦に自殺した方々へのせめてもの供養になると思います。

どもりとPTG(再掲載一部改編:初掲載は2019年1月22日)

 PTG(心的外傷後成長=PTG:Post Traumatic Growth)ということばは、以前、NHKのあさイチで知りました。
 番組では阪神大震災を罹災した方、がんになった方の実例からふれられていました。

 トラウマになるような出来事に遭遇し、その後(結果として)成長し、人間的な深みを増す、ということです。

 PTGについてはアメリカで研究されているようですが、私が思うに、別に新しいことではなく、いくらでも世の中でおこっていることを後追いで名前を付けた感じです。

 勘違いしてはいけないのは、PTGについてふれた多くのサイトでも言われていますが、
「トラウマになるような出来事に遭った人は皆、それを乗り越えてこころが成長し、人間的な深みを増す」などということではないこと。

 あくまでも、結果的に、そうなる人が、ある割合でいる、ということ

 トラウマになる出来事についても、ギリギリその人の心を保てるようなものであったり、比較的短期間の出来事であったり、
 自分のことを話せる(共有できる)友がいたり・・・
そういう条件があってはじめて(あくまでも結果的に)そういうことになるということではないでしょうか。

 どもりについても、そのような境地に達する場合もあるかもしれませんが、それを期待して、特にまわりにいる人が、間違ったアドバイスをするようなことがあってはいけません。

 どもりは長く続く苦痛・苦労を伴うことであり、苦しみを理解してくれる人がいない(見つからない)場合が多いので、安易にPTGに絡めて考えるべきではないと思います。

吃音:オックスフォード流吃音、サンダーバード、そして、白洲次郎(再掲載一部改編:初掲載は2011年1月7日)

 昔、予備校生の時に英語の先生がケンブリッジだかオックスフォード卒のイギリス人でした。
 若くて背が高くて着こなしも良くて、初めて身近で定期的に接したガイジンだったためにそれなりのカルチャーショックでした。

 彼はどもりながら授業を進めていくのだけれども、それがなかなか格好いいんです。(どもりの私にはカルチャーショックでした)

 それから少し経ってから、たまたま何かの本かTVで、イギリスの教養人はすらすらしゃべるのではなくてどもりながらしゃべるのを好むらしいということを知りまたまたショックを受けました。
オックスフォード流のどもり、らしいですね。

 それから、かなりたってから(つまり現在に近い過去)ですが、
 こどもの時に熱中した人形劇「サンダーバード」に出ていた「ブレインズ」という名前の科学者は、オリジナルの英語版で聞くと結構どもっていることを知り、これもまたカルチャーショックを受けました。

 またまたちょっとたってから、たまたま正月番組で、
 みのもんたさんかさんまさんが司会をしていた、「すごい日本人」みたいな番組で「白洲次郎」のことを知りました。(白洲次郎について書かれた書物をお読みになることをおすすめします。日本人もこんなにかっこのいい生き方ができる人がいたことを知ることになると思います。)

 白洲次郎ブームが始まるきっかけとなった番組をたまたま見たわけですが、彼が子供の頃からどもりであったことを知るとともに、GHQから「従順ならざるただひとりの日本人」と言われていて、ケンブリッジ仕込みのタフな交渉力で対等に交渉をしていくというカッコイイ逸話も知りました。(あのマッカーサー元帥さえしかりつけたという・・・)

 その白洲次郎が新憲法の起草に関わっているときにGHQの高官に出した手紙というのも印象に残っています。
山の絵を描いて、ふもとから頂上にまっすぐに進む線と、もう一つは、ふもとから迂回しながら徐々に上っていく曲がりくねった線を引き、
Your Way(つまりアメリカ側はアメリカ的に最短距離を論理的かつ効率的に進もうとするが)、Our Way(我々日本人は遠回りして「いろいろ寄り道して」同じ頂上に達する)というような説明の手紙でした。

 どもりについても同じようなことが言えるのではないか。
 原因がわからず、従って確実な治療法がない現在、いろいろ寄り道しながら頂上を目指すしかないのではないか?
 そして、その頂上もひとつではなくて、いくつかの頂上があり選んでいけるような形にしたいものです。

 時間軸にそっていくつかどもりにまつわる話を書きましたが、
 勘違いされやすいのは、どもりは気が小さかったり神経質だからなるのではないということ、
最初に「どもり」という症状があり、結果的に神経質になったり、どもり始めた子供の頃からの家庭環境の悪さからどもりが神経症的・うつ病的な症状を呈してきたりするのですね。

 白洲次郎の話にしても、オックスフォード流のどもり(こちらはわざとどもり風にはなすらしい)の話でも、
彼らが比較的軽いどもりだからそれが逸話になるのであって、自分の名前を言うのにもいちいち大きくどもってしまう、電話口でもただ口をパクパクさせているだけでことばが出てこないような重いどもりだったり、比較的軽いにしてもそれによりうつのような症状になりこころが傷つき毎日生きていくのが苦しいような状態ならば、それは話しが全く大きく違ってくるということです。勘違いしないようにしなくてはいけません。

 親がどもり始めた我が子へ「ゆっくりしゃべりなさい」「落ち着いてしゃべりなさい」とアドバイスしたり、どもったことばを言い直しをさせたりすることは、
どもりを持った人のこころをかえって傷つけ、そのどもりを重い固定化されたもの、メンタル的にも複雑なものへと進めてしまうような危険性があります。

どもり、そして新型コロナ、多重のストレスを抱えて その2

前回の書き込みから・・・
 もともと持っている「どもりを原因とする強いストレス」と「新型コロナによるストレス」にさらされ続けている、この1年以上・・・
大丈夫かな?と思います。(私自身、そして多くのどもりを持つ皆さん)
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 いま多くの人が コロナ禍のなかで、戦後はじめてと言っても良いのではないかと思うような強いストレスにさらされています。
*戦後も、東日本大震災をはじめ、大きな自然災害をいくつも経験している日本ですが、全国的な1年以上にわたる災厄は、(戦後としては)はじめてではないでしょうか?

 さて、どもりを持つ人、吃音者を取り囲む様々な状況(心理的・経時的)は、
このコロナ禍でも、変わらないどころか悪化していると見るのが妥当なところだと思います。

 こどもの世界で言えば・・・
 学校では、例えば
★オンライン授業の導入による、ことばの問題
★クラブ活動の停止などによる人間関係のギスギス感、
★もっと具体的なことを言えば、マスクをつけることによる言葉の聞き取りにくさから、言い直しをさせられることもあるのではないかと思います。
 
 自分の名前すら(なかなか)出てこない、
 授業中に指名されてもなかなかことばを発することができない、皆の前でひとりで声を出して本を読むことが(なかなか)できないという、吃音者にとってはコロナ禍というものは、実質的に、それ以上に心理的にも、重くのしかかってきていると思います。

 なんとかこころのの平静を保てるような工夫をしましょう。
★このような状況では、どうしても引きこもりがちになりますが、少しの時間でも良いので外に出る、昼間の太陽を浴びながらご近所を少し散歩するだけでも気持ちは違ってきます。
★自分にとっての好きなこと(音楽、絵を描く、土をいじる、ウォーキング・ジョギング)を意識して行なう
★完全に孤独にならないような工夫をする。ネット上のつながりでも良いので孤独にならないようにする。
★うつ病にならないように、少しでもこころがおかしいなと感じたら早めに精神科や心療内科にかかる。

どもり、そして新型コロナ、多重のストレスを抱えて

しばらく書き込めずにいました。

先月中旬に都内の病院に検査入院しました。
検査の結果は大丈夫だったのですが、退院後一週間位してから病院から電話がありました。
「退院されてから当病院からコロナ患者が出ました」
「濃厚接触者ではないが検査を受けるために保健所から連絡が行くと思いますので、よく相談してください」とのこと、
「同じ病室ではありませんが同じ時期に同じ施設内にいたので」ということでした。

翌日に地元の保健所から電話が入りました。
都内の病院→都内の保健所→地元の保健所→私という長い?連絡ルートなので、地元の保健所では、「都内の保健所から検査をしてくれと頼まれたのでお願いします」くらいの情報しか持っていないようでビックリしました。
土曜日だったので翌月曜にPCR検査を受けられることとなりました。
*24時間対応があたりまえと思うのですが?ずいぶんゆっくりしています。

結果は陰性でした

21世紀に入ってからしばらくたつ先進国の?日本では、せめて全国の保健所どうしがネットワークでつながっていて瞬時に情報の交換ができていて・・・と思うのは、贅沢でしょうか?
最初に病院から連絡が入ってからPCR検査の結果が出るまでの5日間、思いもしなかった強いストレスにさらされました。
もともとの検査の心配から含めると一ヶ月以上健康に関する強いストレスにさらされたせいか、口内炎ができたり、歯茎が腫れたり、体調が不良になりました。

このブログはどもりについてのものなので話を変えましょう。

新年度になりましたが、進学・進級・就職・転職・転勤、
また、受験に失敗し浪人決定、なかなか就職・転職ができないなど、いろいろな節目におられる方も多いと思います。

もともと持っている「どもりによる強いストレス」と「新型コロナによるストレス」にさらされ続けているここ1年以上、大丈夫かな?と思います。(私自身、そして多くのどもりを持つ皆さん)

次回に続きます。

吃音 ときには大胆に生き方を変えることも必要です(再掲載一部改編:初掲載は2012年4月3日)

 こどものころより日常生活に支障が出るくらいの重さのどもり持ちがらも無理をかさねて生きている。
 または、傍から見て、注意して聞かないとわからないくらいの軽く見えるどもりでも、本人としては「生きるか死ぬかののところ」まで精神的に追い詰められながら「なんとか生きている」場合もあります。

 21世紀になって20年を経た現在、

★学校においては陰湿ないじめの横行と学校や教育委員会の逃げ腰な態度
★(コロナ禍もあり)さらに厳しい雇用状況、限られた市場を取り合うような余裕のない経済
 のなかでは、過度に無理をした生き方をしても良い結果は得られません。
 無理の先にあるのは、うつ病などのこころの病気にかかることと、追い詰められての突発的な自殺企図です。

 せっかくの人生です。場合によっては、いままでの生き方を抜本的に見直して、勇気を持って大きく人生の舵を切る必要が出てきます。
生き方の変更です。

 子供の場合には「生き方を変える」といっても親の庇護下にあるので難しいのですが、それでも陰湿ないじめなどにあい耐えかねて自殺などしてしまっては取り返しがつきません。
 家族も、それ以降の人生は絶えられないような心の傷を背負うことになります。
*いじめ事件の多さを考えると他人事ではありませんし、どもりを持ったこどもはいじめの格好のターゲットとされるでしょう。
*私も、子供の頃から30歳代半ばまでは「自殺」ということばが常にこころの中にありました。

 ですから・・・、
 場合によっては大きな決断をして、自分が生きやすい環境や将来が見通せる環境に身をおけるように、また、どもることで耐えがたい苦労をしないように、まわりの環境を自分で大胆に変えていくことが必要です。

 例えば・・・、
「どもりを持っている子供が学校で毎日笑われたりいじめられる、先生もいじめ問題に逃げ腰である」
「いろいろと動いてみたが学校側は変わらない・・・」

 こんな学校環境に置かれているのならばいっその事、学校はやめてフリースクールや通信制の学校に変えるという選択肢もありですね。
*経済的な問題も含めて「親の理解がある」ということが前提です。その学校に通うことにより上の学校に進める資格が得られるか?、同時に通信制の学校に通うことで卒業資格を取れるか?など、しっかりと調べてから実行する必要があります。

 大人の場合は自己責任で生き方を大きく変えることができます。
「思いつきは」いけませんが、熟考の後は、しっかりと覚悟を決めてか大胆に生きていくことも必要です。

 例えば、都会でのサラリーマン生活。
 どもりの悩みと会社内の人間関係に疲れ果て精神的にギリギリの生きかたをしていても、結果としてはなにも報われないでしょう。
 それでも、昭和の時代のように定年まで置いてもらえればまだしも、いまの社会では「リストラされて挙げ句の果てに・・・」などということになりかねません。
 中小零細企業ならばなおさらです。

 そんな生き方はやめて地方でつつましく、でも精神的にはゆったりと生きていく、
 たとえ収入は少なくなっても心が解放された人生を送れるようにすることのほうが、自分が幸せになるための近道かもしれません。
*いまの仕事を続けながら、1年以上の調査・準備期間を経て生き方を変えていくような計画性が必要です。

2021年の吃音者

★逡巡するこころを認める
 どもりを持ちながら生きていると、その重さや、吃音者を取り巻く家庭環境・学校環境・職場環境によってもかなり違いますが、
人生のいろいろな場面で逡巡(しゅんじゅん=ぐずぐずすること。ためらうこと。しりごみすること「広辞苑より」)することがあります。

 2021年1月のいまも、どもりのために、
家庭のなか、学校のなか、職場のなかのどもりであるが故の生きづらさに悩んだり、学校や職場に通えずに、また、就職や転職ができずに・・・
自殺をも考えるほど悩んでいる方がかなりの数いらっしゃると思います。
*このコロナ禍ではなおさらです。

 そのようななかで、自分の逡巡するこころを自分で認めてあげること、迷いながら生きていくことを認めることを、
まわりの人はなかなか認めて応援してはくれませんが、自分と(自分のことを分かってくれる人を是非みつけていただいて)自分を守ってください。

★バイデンの逸話
年末年始のテレビ報道で何回か目にしたことですが、アメリカの次期大統領バイデン氏が、子供の頃にどもりで悩んでいたとのこと。
 悩んでいた少年時代のバイデン氏は鏡の前で発声練習をして克服した、とのことと、遊説中に知り合ったどもりの少年との交流が報道されていました。

 この手の報道でいつも思うのですが、
これをたまたま目にした、どもりで悩んでいる人を身近に持つ家族、友人、学校の先生、職場の同僚などが、
「だから君も大丈夫だ・・・」との応援が、かえっていま悩んでいる吃音者を追い詰めてしまうことがあることです。

★吃音者をどのようにバックアップしていくか
 どもりをもって悩んでいるこどもから大人までが、いまの境遇において、できるだけ良い方向に進んでいけるように・・・
どのようなバックアップ体制が今、そして将来に必要か?

 いま必要なことは・・・、
 安心して迷える・悩めることではないでしょうか。

 それには、悩みを心おきなく語れる場所や時間を持てるようにすることです。
 現実的に言って、家族に理解してもらうのはかなり難しいようです。
少し勇気を出してどもりのセルフヘルプグループに通ったり、こころが追い詰められている場合には、いや、そうなる前に気軽に通える精神科医や臨床心理士をみつけてください。

 将来的に必要なことは・・・
何回か書いていますが、精神科医、臨床心理士、言語聴覚士、ソーシャルワーカーがチームとなって、どもりを持つ人を長期にわたってサポートし続けられるように、街なかに気軽に通える「言語クリニック」を作ることです。