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昨日(2012年10月当時)の朝日新聞の記事、「スピルバーグ氏、学習障害を告白 『映画で救われた』」を読んで感じたことです。昨日の朝日の新聞記事より
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スピルバーグ氏が公表したのは、読み書きが困難になる「ディスレクシア」と呼ばれる障害。5年前に初めて診断され、「自分についての大きな謎が解けた」という。
小学生の時は読み書きのレベルが同級生より2年遅れ、「3年生のころは、クラスの前で読むことを求められるのがいやで、とにかく学校へ行きたくなかった」「先生も心配してくれたが、学習障害についての知識もない時代で、十分に勉強していないと思われた」と打ち明けた。
今でも、本や脚本を読むのに、多くの人の倍近く時間がかかるという。
また、学習障害がきっかけでからかわれ、いじめられたことも明らかに。「中学時代が一番つらかった。他人の立場から自分を見ることがまだできない子どもは本当にきつく、嫌なことをする。今は理解できるし、恨みもないが、大変だった」と話した。
一方、「自分が被害者と思ったことは一度もない。映画づくりが、負わなくていい重みから私を救ってくれた」とも述べ、10代初めから撮り始めた8ミリ映画が支えになったと話した。
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俳優のトム・クルーズにも学習障害があったようですが、歴史に名を残した政治家や、作家、俳優などのクリエーターに、なぜか少なからず心身に障害を持った人がいます。
とういと、おきまりの「だから君もがんばれる!」という話ではありません。
自分で見つけるか、誰かがヒントを与えてくれたかは別として、自分の好きなこと、打ち込めるものを探してそれを一生の仕事にできれば(仕事にはならなくてもライフワークとしても)、心や体に障害があってもそれなりに充実した人生が送れるのではないかと思います。
*現実には、「持っている障害の重さ」が大きく関係してくると思います。
「いまのままで良い」という現状肯定の考え方もあります。
哲学的な次元ではすばらしいものですが、現実の生活のなかでは、なかなかそうは思えないのが私のような「凡夫(ぼんぷ)」の悲しいところです。
どこかで誰かに認められる、誰かに必要とされる、ことによって充実感を味わい幸せを感じて生きていく・・・場合によっては、そういう境地に到達できるまでにたいへんな苦労と時間がかかる場合もあるでしょうが、障害を持った人が生きていく上でのひとつのヒントですね。
*「特に得意なこともなく是非やりたいということも見つからない」という、普通の環境で普通の日々(ということは、障害を持っている分だけ生きづらくなることが多い)を送る、障害を持った人のことをまず第一に考えることは言うまでもありません。