卒業式のシーズンの吃音者(どもりを持つた人)は

 いま頃になると、1980年代末、大卒後も就職できずに民間のどもり矯正所に通っていた自分を思い出します。

 その時期は暗かった時期かというと実はそうでもないのです。

 なぜかというと、いままで誰にも言えなかったどもりの悩みを思う存分話し合える仲間をはじめて見つけたからです。
*私がどもりを自覚しはじめた(悩み出した)のは小学校の3年くらいです。親が言うには3歳くらいからどもり始めたようですが、学校で本をよまされたり、発表をするたびにどもるので笑われたりしているうちに3年生くらいになって悩み出したのでしょう。

 1990年代中頃くらいまでは、都内には民間のどもり矯正所(無資格のものです)が数カ所ありました。
 その多くは昭和30年代くらいからはじまったのでしょうか。
 なかには戦前からあった有名な?矯正所もあり、漫画雑誌や週刊誌に小さな広告が載っていたり電信柱に広告が貼ってあったりもしました。(なんともアナログな時代です)

 卒業の時期の3月や夏休みになると、全国から泊まりがけで都内のどもり矯正所に来る人たちがいて彼らと仲良くなったりしたものです。
 当時の民間矯正所については、いままで何回も書いてきたように、多くの問題を抱えていましたが、ひとつだけ良かったことはどもりについてなんでも話せる友が得られたことでした。
*いまでは、どもりのセルフヘルプグループがその役を果たしているのでしょう。

どもりの原点、自分の名前が言えない

 梅や早咲きの桜も満開のいまは受験シーズン

(人生に影響が出るくらいの重さの)どもりを持つ人にとっては、受験、就職、転職は大きな壁として立ちはだかるので、つらい思い出をお持ちの方も多いかと思います。(私がまさにそうです)

 さて、どもることにより、自分の名前が(うまく)言えないということは、どもりを持つ人にとっての苦しみの原点と言えるかもしれません。

 受験や就職の面接では、あたりまえですが、名前を言わなくてはなりません。

 当たり前にできることがいちばんの問題点であることはどもりを持つ当事者でないとわからないことで、(傍から見てむしろよくペラペラと話すように見える人が自分の名前を言うときになると突然口ごもったり、肩を揺らして絞り出すようにそしてつっかえながら自分の名前を言おうとしていることすらあります)

 名前すら言えないという事態に、聞き手の方はどのように反応してよいかわからず、素直に笑うか、吹き出してしまうか、困ってしまうと思います。
 緊張して口ごもっていると思い、「落ち着いてゆっくりしゃべって」と言われてしまうとこちらのどもりはまさに「絶好調」となります。