吃音:期待と現実

 子供の頃から、ある程度以上の重さのどもりで日常生活や学校生活・仕事において、その人なりの困難さを抱えながら生きている人にとって、「どもり」は仕方なくでも付き合わなければいけない障害です。

 朝起きていちばんの「おはよう」の「お」が出ずに、「今日もうまくいかないな」と感じるときが、今日一日のどもりとの付き合いのはじまりになります。

 また、今日は調子よく言葉が出るな・・・という日もありますが、
 今日は調子が良いがそのうち悪くなるだろうなという予感も感じていました。
*次の日に発表などのどもりそうなイベントがあることがわかっている場合には、前の日からよく眠れずに新しい日を迎えているかもしれません。
*もちろん常に大きくどもる人もいます。どもりは人それぞれです。

 2~3歳からどもりだして小学校2~3年くらいからはどもりを強く意識して、その後悩んできた私は・・・、
あるときは比較的調子の良い自分の言葉を感じ「これならそのうち治るかな?」と期待し、また、数日後には、授業中に指名されて大きくどもってしまったり、言葉がなかなか出ずに立ちんぼしているときには、「これから先、自分はどうなるんだろう!」と大きな不安につぶされそうになり、その繰り返しの少年時代・思春期でした。

 それでも学校は、どもりではクビにはなりません。
*陰湿ないじめに遇えば大変なことになる危険性は常にあります。いじめによる自殺の報道は絶えることがありません。
*子供でもスマホを持ちLINEなどのSNSをあたりまえにしているいま、見えないところでのいじめも多いでしょう。

 しかし、なんといっても、どもり持ちの最大の難関は就職(就業)です。
 他人のなかで、大小様々な組織の中で・・・、自分を主張し、しっかり・はっきりと言葉で伝えて競争のなかで生きていくというサラリーマンではあたりまえなことが、きわめて不得意なのが吃音者なのです。
*高度成長が遠い昔話となったいまの日本では、真面目に・人並みにやっていればなんとかなる、などどという状況ではないことは、皆さんおわかりのことと思います。

 私の生まれる前(高度成長前半の昭和30年代前半くらいまでの)の日本ならば、サラリーマンにならなくても(都市部でも)自分の家の仕事(商店などの自営業)を継いで生きていく方法もありましたが、いまではそういう選択は現実的ではありません。じり貧に追い詰められるだけです。
 また、いまでも、地方で安定した農家に生まれるような幸運なことがあれば、どもりを抱えていても、いままでの人間関係のなかで仕事をして穏やかに生きていくことができると思います。
*しかし、家族のなかで仕事をするという別の意味の息苦しさはあるでしょう。

 いままで書いてきたような吃音者を取り巻く現実をしっかりと見直したうえで、
★どもりだした小さな子供に対する、また、親に対する公的な支援体制(カウンセリング・治療)をどのように構築していくべきか?(市役所・保健所・医師・カウンセラーなど)
★小学校以降のどもりを持ったこどもに対する指導をどのような形で行なっていくべきか(土曜、日曜、休日、放課後を含めた、専門領域を履修した教師、言語聴覚士、精神科医、臨床心理士などによる継続的なサポートの構築と、どもりの子供同士が日常的に触れあえるサロン的な環境の構築)
★事実上公的サポートのなくなる高校生以上の吃音者に対して、進学や就職という難関を前にして、また、今どきのいじめ問題にも対処できるような、公的サポート・カウンセリング体制をどうやって構築していくべきか?

このあたりを考えていくべきと思います。

吃音:(結果として)うまくいくときも、うまくいかないときもある。でも、吃音を持ちながらの人生は耐えがたいことが多い。

 日常生活のコミュニケーションにも影響の出るようなある程度以上の重さのどもりを持った人(子供~大人)、または、傍からみてわからないくらいの軽いどもりでも、自殺を意識するほど(密かに)深刻なまでに悩んでいる場合・・・、
「どもること」を原因として、吃音者は子供の頃から実にいろいろな試練に遇います。

 例えば、学校(場合によっては幼稚園から)や職場で・・・、
 同級生や先生・同僚や上司からの陰湿なからかいやいじめ・パワハラ、
 就職や転職がなかなかできない、
 やっと入った職場での仕事に大きな支障が出る、などです。

 家庭においても、子供の頃から、どもりの悩みを家族に理解してもらえないこともあいまって次第にうつ状態となり・・・、学校や職場を休みがちになりついには引きこもりになることは、決してまれなことではありません。

 また、子供の頃から親にさえどもりの苦しみを理解してもらえなかったことや、それどころか、どもるたびに注意されたり怒られたりしたことから親に対する恨みの感情が芽生えてきて、成人してからもその感情が消えるどころか大きくなり、コントロールすることができずに(自分を責めて)苦しむこともよくあります。
*このブログ宛てに未公開の形で、そのような複雑な想いを送られてくることもあります。

 そのような状況に置かれているときに吃音者である我々が注意しなければいけないことは、
 ひとりでどもりについて考えるときも、セルフヘルプグループなどの集まりで話し合うときなども、「どもりながらも・・・結果的にうまくいった。」というケースのみを話し合ったり参考にしない、考えないことです。

 どもっている人が・・・「何々ができた」、「何かになれた」「何々を達成した」という話ばかりをしない、考えないことです。
*現実は努力してもうまくいかないことも多いのです。

 吃音者ごとに、重さや症状はもちろん、育った環境・いま生きている環境が違います。

 人生に支障が出るようなある程度以上の重さのどもりを持っていてもなんとか生きていけるように、身近に理解してくれる人がひとりでもいてくれる場合もあれば、近くに理解者がいなくて、ひとりで厳しい現実と戦っている場合もあります。
*吃音の実態を調査するのであれば、最低でも数百人、できれば千人規模、それも様々な年齢層、男女、職業も様々の、しっかりとした調査をしてほしいものです。

 どもりは、21世紀初頭の現在でも、原因もわからず、したがって確実な治療法もリハビリ方法もありません。

 どもりながらもうまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もあります。「うまくいかないのは努力しないからだ!」などと決めつけないでください。
*現実は(軽い場合を除いて)、「どもったままでも、それを受け入れて生きていける」ほど甘くありませんし、その傾向はますます強まっていくでしょう。そういうアドバイスはかえって現実を生きる吃音者を苦しめることがほとんどでしょう。

 吃音者は100人いればそのどもりは百様です。どもりを持った人のバックグラウンドも百様です。
 悪い方向にも楽観的な方向にも偏った考え方をせずに、現実を踏まえて柔軟に生きていきましょう。

吃音(ある程度より重い)で、授業中にふるえている少年少女や、就職を控え不安でいっぱいの人の心をなえさせないために(再掲載一部改編:初掲載は2010年7月13日)

 日本人は、(自分もそうですが)、今でもなお、がんばることが好きです。努力家です。
 今の時期(時代)に書くと否定的に聞こえるかもしれませんが、人生においてがんばることは大切で、昨日の自分よりも今日の自分は少しでも前に進もうという気持ちがないと、多くの場合人生が停滞してしまうでしょう。
*例外が福祉の領域だと思います。心や体に重い障害を持っている人に、障害を持っている部分で必要以上に「がんばることを求める」ことはもってのほかです。その人なりの得意分野で無理のないように徐々に社会参加ができるようにサポートすることが、国や自治体、そして近くにいる人たちの使命ではないでしょうか。

 さて、いつも書いているように、どもりには重いどもりと軽いどもりがあります。
 比較的軽いどもりの場合には、(そして、吃音者と家族やサポートする側とで相互に信頼関係がある場合は)、場合によってはあえて叱咤激励することにより「最初の一歩」を踏み出せるように手伝うことも考えられますが、重いどもりの場合にはそれが全く逆に作用することが多いでしょう。

 耐え難いようなどもりの悩みをを抱えながらも、こころの面、言語面において満足するサポートが得られないことが多い日本においては、孤立無援の状態で、無理をしてでも学校に通ったり就職活動もせざるを得ないのが現状です。
*本当にしんどい場合には無理をしようとしても足が向かなくなりますが、そこまで我慢したらたいていはうつ病などの心の病気になってしまいます。心の病気になると多くの時間を病気との闘いのためにとられてしまいますし、回復にはかなりの時間がかかります。

 いまは、世の中のいろいろな場面で「いきなりに限度を超えてしまって破滅的な結果に終わる場合」が多いようです。
 TVのニュースなどでは、毎日のように家族や会社内の人間関係からの凄惨な殺人などが報道されますが、以前だったら破壊的な結果になる前にご近所や親戚など近くの人が助けてくれたりなどの最低限の「安全装置」がありました。
いまは、それもなくなってきました。いきなり極端なことに至ってしまうのです。

 どもりについても、以前の日本では、学校を出てもどもりでなかなか就職ができなかったら、ご近所や親戚の紹介で就職することもできたでしょうし、都市近郊でも、いわゆる会社員のほかにも農業に従事したり家業を継ぐなどの方法もあり、それで生きていくことができました。

 しかし、今ではそういう選択肢もなくなってきました。
 たとえ、あったとしても「ジリ貧」になってしまいます。食べていけないのです。

 家族や友人間のコミュニケーションの量が減り質も落ちているので、どもりで本当に困っている人の苦しみや孤独感がまわりに伝わらないことが多く、精神的に追い詰められることが多いのではないかと思います。
*スマホなどでの見かけ上のコミュニケーションの量は飛躍的に増えているでしょうが、たわいのないやりとりばかりで、「他人にはなかなか言えないようなことをざっくばらんに話せるというレベルのコミュニケーションや人間関係」が減っているのです。

 いまこのときにも「自殺」することばかり考えているような、深刻に悩んでいる吃音者がどれくらいいるでしょうか?
 サポートする側は、悩んでいる人ほど孤独になるということを考えた上で動かなくてはいけません。

 ではどうすればよいでしょうか?
 吃音者がどもりのために自暴自棄になってしまうまえに、まわりの人ができることは・・・、

★身近にいるどもりを持っている人が、「もしかしたら、思い詰めていて自殺を考えるほど悩んでいるかもしれない」と考えてみること。
★進学、就職などの人生の節目においては特に、どもりを持っている人は100%悩んでいるという前提のもとに動くこと。

 まわりにいる人ができることは、「まずは、ひたすら吃音者の言葉を傾聴することにより信頼関係を築くこと」「そして共感すること」
「(信頼関係を築いた上で)、どうすれば良いかを一緒に考えること」です。

*どもりを原因としたうつ病経験者でもある私としては、うつにも同じような考え方ができるのではないかと思います。
 日本のうつ病に対する体制、短い診療時間と安易な薬の投与ではなかなか治らない。バブル崩壊以降、国民病といわれているうつ病に対する日本の取り組みの問題点がTV、新聞、雑誌等でたびたび取り上げられているにもかかわらず、一向に改善される気配すらないのには怒りすら覚えます。

吃音:柔軟性を持って生きていく(再掲載一部改編:初掲載は2015年6月18日、19日)

その1(現状)
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 今回は、どもりを持った人が「いままで常識的とされていた生き方」にとらわれて結果的に人生につまずいたり追い込まれていくのではなくて、社会情勢の変化(仕事などの環境の大きな変化)を考えながら、大いに柔軟性を持って生きていくことにより、「どもりのみにとらわれた苦しい人生から、少しでも自分らしく幸せが感じられるように生きていくには」という観点で書いてみます。

 まずは、現状について・・・

★家庭では
 子供の頃からのどもりの苦しみ・苦労を家族に理解されないなかで、家庭のなかでも精神的に孤立していることが多い吃音者。(しかも、孤立していることすら理解されません)
 「どもることくらいで・・・、甘えている」
 「もっと苦労している人はいくらでもいる」
 「どもるといってもたいしたことはない、気にするな」
 普通の家族の反応はこんなものでしょう。

★学校では(幼稚園・小・中・高校、大学(院)、専門学校)
 授業中はもちろん友達と話すときでさえ「どもりはしないか」という恐怖心に耐えながらの学校生活です。

(どもりが比較的軽い場合は)
 休み時間の何気ない会話はなんとかこなせるが、「人前で自分の名前を言う」「授業中に発表する」「本をひとりで読まされる」ときなどには・・・、
 ことばがなかなか出てこない
 どもり特有の繰り返しの発音
  になってしまいます。

 大きくどもって失敗した(笑われた、からかわれた)記憶がこびりついていて、「次に発することばも出てこないのでは?」「どもってしまうのでは?」という恐怖心に毎日さいなまれている。

「学校に行きたくない・・・」、最近休みがちになってきた。
*クラスメイトから陰湿ないじめ受けている、場合によっては先生からもからかいを受けているということもあります。

★就職時・就職後の職場では
 学生時代はどもりでいくら悩んでもそれで学校をクビになることはありませんが、仕事の世界は違います。もうけてナンボ、の世界です。
*この意味では民間企業よりも地方公務員などの方が楽なことは確かでしょう。
*学生時代にアルバイトをしようとする時点で、電話での問い合わせができない、面接で落ちて採用されないなどの経験をすることもありますし、そもそも、電話がかけられないのでアルバイトに応募すらできないことも多いのです。ネット申し込みでも結果は同じです。(このあたりは、どもりの重さの違いにより大きく違ってきます)

 就職活動の時点で、当たり前のように電話もかけるし自己紹介もします。
 当然、明るくハキハキとしたしゃべりが求められます。
子供の頃から逃げてきた人前や電話で話すことに否応なく直面します。
*どもりの重さの違いにより就職活動の困難さはかなり大きく変わってきます。
どもりの重さは第三者から見た客観的な重さだけでは計れません。ほとんどどもらないように見えても、特定のことば(名前など)が言えないことなどで深く悩み生活に実害がでているが誰にも相談できない例はいくらでもあります。

 日本には職業選択の自由があり(事務系や営業系などの)話すことがメインの仕事でなくても、ことばを多用しない職種もいくらでもあります。
 しかし、たとえば、都会のサラリーマンの子供がいきなり農林水産業に就くにはハードルが高いのが現実です。
*郊外にある農業法人への就職なども、これからは考えるべきでしょう。

 また、実力者のコネで企業(ことばを当たり前のように言う事務や営業系)に入ったり、比較的軽い吃音者が面接時にたまたまことばの調子が良くて採用されてしまった場合は、仕事を始めてからの苦労はたいへんなものとなり、こころに大きな傷を負うこともあります。

 次回は、柔軟性を持った生き方に変えていく方法を書きます。

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その2(生き方に柔軟性を持たせる)

 前回から続きます。
 ある程度より重いどもりを持っていて、日常生活に支障が出ている。
*いつも書いていることですが、第三者からみてわからないくらいの軽いどもりでも、本人は自殺を考えるほど悩んでいることも多いので注意が必要です。

 そのような人たちが前回書いたような状況下でどもりに悩み、場合によっては人生を立ち止まらなくてはいけない状況になるのです。
 うつ病などのこころの病気になったり、学校や会社に行けなくなりひきこもりになってしまうなどの、文字どおり苦しい立場に追い込まれることもまれではありません。

★柔軟性を持った生き方を
 前回書いたように、学校は吃音者にとっては苦しいだけの場所となり得ます。
 陰湿ないじめを受けている、からかわれているのに、いまの学校はそれを我慢してまで無理をして通うところでしょうか?
 いじめで悩んで自殺したり、心の病になってからでは遅いのです。

 いまの学校はどもりで悩んでいる、いじめで悩んでいる子供に対して有効なサポートを提供できているでしょうか?
 スクールカウンセラーが常駐し子供のほうからカウンセラーに相談しやすい状況があり、スクールカウンセラーにはスーパーバイザーがいて的確なサポートを受けながら子供のサポートができる。
 また、スクールソーシャルワーカーも常駐か常駐に近い形で子供と先生(学校)、そして場合によっては他の公的機関と連絡を取りながら良い方向に持っていけるような環境があるかどうか?
 先進国の日本?ならばあたりまえにととのっていても良さそうですが、いまの日本では、まだ夢の世界ではないでしょうか?

 私が、もしも、今の時代に生きる少年で、このような情報に接することができれば(家族の理解があればの話ですが)、普通の学校に行かずに、別の方法で上の学校に行くための資格を取ったかもしれません。(人生が変わっていたと思います)

 いまでは・・・、フリースクールに通う、大検で上の学校に通うための資格を取る(そのための予備校)、通信制の学校に通うなど、多様な方法が私の頃よりかはだいぶ整ってきたように思います。
*報道によれば、フリースクールでの学びを正式に認めようとする動きも出てきたようですね。
*家族の理解がなければ、自分で公的施設に相談に行ってでも家族にどもりの苦しさをわかってもらうように働きかけることが必要です。

 仕事についても同様です。
 仕事上のことば(どもり)に起因する問題で、針のむしろのような環境で我慢することが、その人の人生にどれほどプラスになるでしょうか?

 当たり前のように電話をかける、顧客と交渉をする、大勢の前でビジネス上のプレゼンをする、顧客からの厳しいクレームに対処するなどの、事務職・営業職にとってはあたりまえの日常は、ある程度以上の重さの吃音者にとっては、明らかに無理があります。
*それでもかつての日本のように定年まで働けるような環境があれば我慢のしがいがありますが、一部の企業や公務員を除いてはそれは(事実上)ありません。

 いまでは職業はかなり多様化してきました。
 学校の就職課には求人は来ていないかもしれませんが、NPO、NGO、いろいろな福祉や医療の領域の仕事もあります。
体を動かすのがメインの農林水産業(法人化されたもの)などに就くという選択肢もあります。
 いままでは都会育ちの若者には遠い存在でしたが、農業法人もありますし、自治体も地方活性化対策で経験やコネのない人たちでもそれらの仕事に就けるように様々な工夫をしつつあります。

 問題は、それらの情報がどもりで悩んでいる小・中・高校生・大学生に伝わらずに選択肢になり得ていないことと、どもりの子供をサポートする先生やその他専門家、親御さんがそこまでの柔軟な考えを持てないこと、どもりに対する正確な知識と情報を持っていないことだと思います。
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吃音:仕事をする人としての現実(その2 仕事とどもり)

 このブログには数こそ少ないですが、どもりで困っている人から深刻なコメントが寄せられます。
 コメントの公開は承認制なので内容が個人的なものだったり深刻な場合には、公開する前に(公開の可否も含めて)直接やりとりさせていただく場合があります。

 非公開のコメントの内容は「どもりと仕事」「どもりと家族」に関することが多いのです。
★仕事の日常業務、会議や電話をする場合に言葉が(なかなか)出ずに、「事実上、仕事にならなくなり追い詰められている場合。
*自分の名前、会社名、相手の名前など言えてあたりまえのことが、面と向かってはもちろん電話や社内電話でも(なかなか)言えない。
*さらに追い詰められてうつ病になりいまの仕事をやめることとなり、その後もなかなか再就職できない。現状を家族からも理解されない。
*追い詰められて自殺を考えた、またはその直前までいって思いとどまったという深刻なコメントもあります。

★子供の頃からのどもりに対する家族の無理解、どもるたびに家族から言い直しをさせられたり注意されることの繰り返しが大きなストレスとなりこころに積み重なり、大人になってからの日常生活や家族関係、近所付き合い、子供の学校のPTA活動などの人間関係や話すことに大きな障害となっている場合。
*どもることにより学校で(同級生や先生から)いじめを受けていた、からかわれていたということも、どもりの症状の固定化や悪化、大人になってからのメンタルな問題を引き起こす大きな原因にもなるでしょう。

 ひとりでする仕事ではなくて組織の中で二人以上で仕事をする場合には(職種により話すことの重要性は大きく違いますが・・・)、
同僚や上司との会話、会議での発言、顧客の前でのプレゼンテーション・交渉など、また、電話の対応はハキハキしたものでなければなりません。
 そうでなければ事実上仕事になりません。特に仕事につきもののクレーム対応においては的確な言葉遣いが必要とされます。
*ここで、どもってもよい(もちろん仕事に影響が出ないくらいのものは除きます)、というのは仕事の現実を無視したものになります。

 このように、このブログには・・・、
 子供の頃からのどもりによるストレスの積み重なりの結果としての心理的な問題、家族との軋轢、
就職・転職がなかなかできない、仕事上での言葉に問題が生じ職務の遂行ができなくなりやめてしまった、または大きく悩んでいる、という人の生の声が寄せられています。

吃音と仕事:現実を考える(再掲載一部改編:初掲載は2008年5月26日)

 インターネットが発達した現在、スマホやPCがあれば、どもりを持つ人の様々な経験談や意見に触れることができます。また、自分でも情報を発信することもできます。
*残念ながらインチキな情報が多いのですが。

 インターネットが一般化するまでは(1995年以前)、どもりを持っている人と知り合うには、たまたま学校のクラスメイトや職場の同僚にどもりを持つ人がいて親しくなるか、民間の無資格どもり矯正所に通うか(それも、授業形式で大勢が参加するようなところ)、どもりのセルフヘルプグループに参加するしかありませんでした。

 しかし、どもりで悩んでいる人にとって、矯正所に通ったりセルフヘルプグループに参加することはかなり敷居が高いのです。
 矯正所やセルフヘルプグループの入り口ドアの前まではきたが入れずに、まわりをうろうろしてから結局は帰ってしまった・・・などという経験談はよく聞くものです。
 実際、私もそうでした。

 そのような方たちが、ことばに表せないような苦労をしながらも少しずつ生きる自信をつけていき「働く日常の世界」に出て行くことは、どもりでない人には想像すらできないくらいの大きなストレスが伴うものです。
*人によっては、世の中に出てみたらそれほど大変ではなかったと実感される場合もあります。 (その逆もあります)

 働く世界に出てみて実感するのは、「働くとはお金を儲けること」だということです。(民間企業の場合)
 職場の同僚は皆、自分の仕事をこなすことで精一杯で、どもりの人がどもろうとどうしようとそんなことはどうでも良いのです。

 どもりの人がいることによって自分の仕事やチームの仕事の流れに影響がでない限り、(まともな大人ならば)どもることで文句をつけてきたりはしませんが、自分の仕事に少しでも影響が出てくると、とたんに非難し始めるでしょうし、
他の(どもらない人との)交代を要求するでしょう。
 そのような世の中の現実(皆、自分のことで精一杯ということ)をしっかりと把握しつつどもりについて考えていかないと、(おとなの)どもりについての議論は非現実的なものとなります。

 サラリーマンが働くような職場においては、「電話をする」「交渉する」などのことばを用いての高度なコミュニケーションは必須で、これが円滑にできないと自身の仕事に支障が出るばかりでなく、職場の仕事全体の流れを阻害します。

 そういう世界に入り込んだ「ある程度より重い」吃音者は大変な苦労をします。

 私も、大卒後すぐに就職できなかった後ろめたさと「会社員として働かないといけない・一人前でない」という考え(思い込み)から、
そして、あえてことばを多用する職種に就いて無理をしていけば「治るだろう」という漠然とした考えから、約2年間の引きこもりを経て職安で探した小さな会社の営業職に無理をしてつきました。

 よく、どもりの会合などで、「自分が、いかに、どもりながらも会社で耐えて努力してきたか」と大演説をぶち教訓をたれる方がいらっしゃいますが、今の日本・これからの日本で、かつての私のように「ひたすらに必要以上の無理をすること」が本当に必要なのでしょうか。

 1960年代くらいからバブル崩壊くらいまでのように、学校を出て「会社」で働けば、ある程度以上の収入を安定的に得られた時代は終わりました。
 毎日遅くまで言われるとおりに働いていれば、定年までの職場が保証され、退職金がもらえる、「かつての日本」は、もうないのです。
 そして、工業製品を外国に輸出してお金を儲ければ食料も水も買える時代が終わり、水や食料が戦略物資となり自国の食料や水が足りなくなればいくらお金を積んでも他国に売ってくれないような時代さえ予見されています。

 そのようなマクロ的な背景もあり、どもりを持つ人の仕事についての考えかたを変える時期が来ているのかもしれません。

「どもりを持つ人が働くこと」=「会社に入って苦手な電話や交渉をして身を削る」だけではないのです。
こんなことを確認し、吃音者自身にあった、過度に(言葉の面で無理をしない)仕事に従事すべき時がきたのかもしれません。

 子供の場合でも「どもりを持ちながら学校に行くこと自体が苦しくて、毎日が針のむしろに座らされているようで、自分がどうにかなってしまいそうだ!」くらいにまで心理的に追い込まれている場合には、いや、そんなことになる前に、
無理してまで学校に行かずにフリースクールのようなところで学びながら、また、心やことばの専門家のサポートを受けながら上の学校の受験資格を得られるようにしていく方法もあります。

 人は幸せになるために生きているのです。吃音者は自分に合った生き方を追求すべきです。

吃音:幼少時からの親子関係・家庭環境がもたらすもの(再掲載:初掲載は2012年9月11日)

 どもりを持っている私が生きてきたなかで、多くのどもりを持つ方々と接してきて感じていることなのですが・・・、
仲良くなりお互いの人生について忌憚なく話し合えるようになった「おとなの吃音者」のなかに、自分の幼少期の話題になると急に寡黙になる方が少なからずいらっしゃるのです。

 吃音についての一般論は実に多くを語り積極的に活動されている方が、自分の子供の頃の話しとなると急に寡黙になるのです。

 吃音者に限らず、自分の過去の話しになると、比較的親しい間柄においても急に寡黙になる方はいらっしゃいます。

 そのようなときには、「かなり辛い経験をされてきたのだろうな」とか、「大変な苦労をされてきて思い出したくないのだろうな」と考えて、こちらからはそれ以上聞くことはしませんね。(おとなの常識です)
*「親友」とは、そういうところまで話せる人間関係のことですが、実際には持っている人はかなり少ないようです。同じ悩みを共有している吃音者の間では比較的できやすいような気がしています。

 なんでこんなことを書いたかというと・・・、吃音者は心の解放がうまくなされていないのではないかと思うのです。

 子供のころからどもりにまつわるかなり辛い経験をしてきて、それを無理矢理に忘れようとするか、または棚上げにしておくことで、いまの自分をなんとか保つようなギリギリの生き方をされているように見えてしまうのです。
*自分も30代前半くらいまではそういう生き方で無理を重ねていました。そういう「危うい生き方」が、結果としてどもりを維持させたり悪化させる、また、実際の症状以上に自分のどもりを悪く評価して苦しんでいるのではないかと思うのです。

 こどもの頃からの辛い経験は例えば・・・、
★子供の頃、どもる度に家族から注意されたり、場合によっては笑われたり無視されたりして、自分の家も安住の地ではなかった。
★子供の頃、学校や友達の間で(場合によっては家庭内で)、どもることにより精神的なレベルか肉体的なレベルでいじめ・虐待を受けていた
★家族関係(親子、夫婦、兄弟、祖父母)が劣悪でケンカやいざこざが絶えず、その人間関係によるストレスにより自分のどもりが維持され悪化して結果として人生がうまくいっていないと、こころのなかで強く思っている。
★しかし、自分の幼少期の経験や自分の家族についてはあまり否定的に思いたくないし、そういう事実を人に知られたくないという複雑な思いが自分を締め付けている。

 一方、全く逆の環境の場合は・・・、
★学校でどもりで困ったり恥ずかしい思いをしても、帰った家ではいくらどもっても怒られることも注意されることもなく静かに話を聞いてくれるので、自分がどもりで困っていることをわだかまりなく家族に話せる。
★家族間で全くケンカのない家庭などありませんが、質実剛健で思いやりのある明るい家庭。

 こんな家庭環境に子供の頃からあれば、どもりが治るかどうかは別として、前述よりかは明らかに良い結果(吃音の悪化が食い止められる、心理的に重症のどもりとならない可能性が大になる)になるでしょう。

 それでは、前述のような「悪い家庭」で育ってしまった場合にはどうしようもないのかといえば、おとなになってから自分の努力でかなり回復できるものと考えます。

★アダルトチルドレンであることを認識する
 「こどもの頃、我慢していたこと」、小中学校のころからどもりで困ったり、どもりを原因としていじめられたりと、場合によっては自殺を考えるほどに悩んでいたのに家族には話すら聞いてもらえなかったし、言い出せるような環境ではなかった。
 そのような場合には、年月を経てからでも、年老いた親の前でも、「当時、自分がたいへん困っていて悩んでいたのに家族には何もしてもらえなかったこと」を大きな声ではっきりと言いましょう。(たぶん家族からは理解されないと思いますが)自分のなかで何かが変わりはじめるかもしれません。

★いままでは自分の人生のなかの「負の部分」と思って、こころのすみっこの方に紙に包んでしまっておいた「こどもの頃のどもりについてのいろいろなこと」を、自分の人生のなかの「ほんとうにあった隠せない事実(人生の一部)」とするために、自分で工夫しましょう。
 それには、例えば、東洋的な修養法である「座禅」なども良いかもしれません。
*もちろん人それぞれです。

★やはり、自分の負の部分をためらいなく語れる友人(親友)を持つことです。

★セルフヘルプグループなど吃音者の集まりに積極的に参加して、自分以外のいろいろな立場の吃音者(性別、年齢、生きざまの違う)がどのような人生観を持って生きているかを体感することです。(ネットのつながりだけでは弱すぎます。)

★信頼できてなんでも話せるホームドクターとしての、精神科医、臨床心理士、言語聴覚士などを努力して見つけ、専門家のサポートの元で、自分のどもりやいままでの人生をできるだけ俯瞰できるように(自分を客観視できるように)していくことです。

吃音の苦労によりかたくなになりすぎたこころをほぐして生きやすくしていくこと(再掲載一部改編:2013年11月7日)

 人はどもりによる耐えがたい苦労を経験すれば経験するほど、自分(のこころ)を守るために、そのこころをかたくなに閉ざしていくことがあります。

 自分では、不自然な(無理な)考え方・生き方と、こころのどこかではわかっていても・・・
そのように思い、そのような生き方をしようとすることにより、自分のこころがどもりによる苦労のために崩れてしまうのを防いでいるのでしょう。

 その形は人により様々です。
★「私はこういう生き方なんだ」と、どう考えても無理な(無茶な)生き方(考え方)をしようとしている方
★「私はこれでいいんだ」と、いまの不自然な生き方(ライフスタイル)を(端から見ると)無理に肯定してそこに逃げ込んでいる方

 ほんとうは良くない考え方、無理な考え方・生き方とわかっていても、そうせざるを得ないところまでこころが追い込まれているのです。

 どちらの場合も、一時的にはこころの平衡が保たれているかのような錯覚に陥りますが、中・長期的にはかえって自分が追い込まれてしまいます。

 こんなことにならないように・・・、
★どもりのセルフヘルプグループ等に参加して、いろいろな症状や重さのどもりを持ち、いろいろな環境で生きている様々な年齢層や立場の異なる吃音者と接して、自分(のどどもり)を客観視できるようにすることです。
そして、そこで、何でも話せる友人を(ひとりで良いので)作りましょう。

★ホームドクターとしての精神科医・臨床心理士を見つける
ぴたりと自分に合った先生を見つけるのは難しいですが、先生に頼り切るというよりも、「自分を客観視できるように」第三者的な目を提供してもらうのに役立ちます。

★これはいちばん難しかもしれませんが、家族にも最低限の理解をしてもらえるように働きかけていきます。しかし家族には大きな期待はしないことです。

「吃音を受容する(受け入れる)」、「どもりを軽くしたい・治したい」という考えかたは、どちらかが正しいということではない

 どもりである私は既存のどもりのセルフヘルプグループに属したことがないので直接は知らないのですが、セルフヘルプグループや吃音治療や相談にかかわる関係者のなかではここ何十年も・・・、
「どもりを治そう、治したい」という考え方と、
「どもりにこだわるのをやめて受け入れて生きよう」という考え方をする人がいて、それなりの対立構造があるらしいことはなんとなく知っていました。
*かつて80年代末大卒後就職できなかった私は通った民間のどもり矯正所で何人かの気の合う仲間と小さなセルフヘルプグループを作った経験があります。

 でも、少し落ち着いて考えてみると、どもりのセルフヘルプグループに参加している人は吃音者のなかのごく一部で1割にも満たないことがわかります。
 そのような現状でもしも対立構造があるとすれば、いまどもりで悩んでいてセルフヘルプグループに興味を持ったり、参加しようと思っている人のこころが「ひけて」しまうのではないかと思うのです。

 「どもりについてどう思うか」とか「その治療感」についてはいろいろな考え方があって良いですし、そもそも、そのような違いを認め合えないのならば、集まり自体にも魅力がなくなってしまいます。

以前もこのブログに書いたことがありますが、人はそのときの置かれた様々な状況でその心持ちも変わるものです。
 職場や学校で比較的うまくいっているときは「どもりを受け入れよう」と思えるかもしれない同じ人が、どもりのために大きな失敗をしたり恥をかいたときなどは、受け入れるどころか「なんとか軽くしたい。できれば治したい」と思うのは至極当然です。
 そのようなことを否定してしまっては話が現実離れしてしまいます。
*「いまいる職場や学校でなんとか適応して生きていこう」というあたりまえの想い・生き方を否定できません。

 吃音者(重さや症状、生きている家庭環境、学校環境、職場環境も実に様々でしょう)が、いま自分が生きている場所にできるだけ適応できて、人生を少しでもよくしたい・充実した人生を送りたいというあたりまえの心持ちを否定しても意味がありません。

 どもりは、その重さの違いで、その人の人生に与える影響が大きく違ってきます。
 特に、重い吃音者の学生時代、そして社会人になるまで、なってからの苦労は、語られることもほとんどありませんので一般には知られていませんが、きわめて大変なものです。
 一方、傍から見てごく軽く見える吃音者は楽かというと、どもりでない人と同じ環境で学んだり働いたりするなかで、そのプレッシャーは(人により、その学んだり働いているところの環境によっては)その人の人生を追い詰めていくものになります。
*吃音者の学校や職場でのいじめの問題も無視できない深刻な問題です。

 そういったことを考えると・・・、
 いま悩んでいる吃音者、学校や職場に通えなくなって引きこもっている人、就職できずに悩んでいる人などに、その人の立場に沿ったサポートが受けられるような体勢を作ることが必要です。

 どもりを持った子供には小学校高学年にもなったら、きれいごとではなく、これから経験するであろう様々な困難を正直に教えていく、そしてその上で、大きくくじけないようにしっかりとサポートしていくことこそ重要ではないかと思います。

吃音:ひきこもりから就職へ その1・その2(再掲載一部改編:初掲載その1は2009年7月14日、その2は2015年5月27日)

 テレビで放映される引きこもりを扱った番組では、たいてい、親が引きこもりの子供のことで困って苦労して右往左往している様子が映し出されます。

 映像的には、「親がいろいろと悩み骨を折っていて、一方、引きこもっている子供がわがままにして甘えている。親に迷惑をかけているこどもが悪い!」というような作りにになってしまうのです。
*スパルタ的な解決人が出てきたりします。

 それでは、視聴者は親にのみ同情しますし、そういう作りになっていることが多いのです。
 ほんとうはまず考えなければいけないことは、引きこもり始めたときの家庭状況はどうだったのか?
本人が学校か家庭か仕事上の出来事で精神的に追い込まれていて、親や家族に対して何らかのサインを発していたのに、そこにいたのは仕事に忙しく家庭を顧みない父親と、母親も引きこもり始めた子供にただオドオドするだけで、
また世間体もあり他の人にも相談することもできず時間だけが過ぎていく・・・という構図が浮かんでしまいます。

 親といえども人間で、どこかで自分を正当化しようとしますので(当たり前のことです。人は皆不完全ですから)そのあたりかなと番組を見ながら考えました。

 それにしても、いまは、引きこもっている人にとって客観的な状況が悪すぎます。
 何年と引きこもっていた人が、いきなり、いまの厳しい企業社会に出て行ったら・・・
なんて、考えるだけでぞっとします。

 もう少しゆるい社会に少しずつ出て行くことができて、慣れてきたら適性にあわせて次のステップへ進む。こんな状況があれば、勇気を持って第一歩を踏み出そうとする人がつまずくことは少なくなると思います。
 そうするためには、例えばNPOなどが運営する中間就労の施設で社会に慣れるための訓練と経験が必要でしょうし、また、相談に乗ってくれる熱心なコーディネーターが必要です。

 でも、(いま困っている人や家族には怒られるかもしてませんが)マイナスばかりではないはずです。
 そのような苦しい経験をしてきた「引きこもりを経験した彼ら」が、なんとか立ち直って世に中に出てしばらくたったあとの活躍も見てみたいなあと思います。

 一度地獄を見た人が社会の構成員として社会のなかで活躍を始めると、どんな社会ができていくのだろうか、どんな日本が作れるのだろうかと・・・
*そろそろ40歳代になるのでしょうか、就職超氷河期で正社員になれなかった層の人たちも正社員として民間企業や公務員として受け入れていけば、(まさに一億層活躍社会!)世の中も変わって行くでしょう。いつまで学卒一括採用などという硬直した制度を続けるのでしょうか?
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 さて、ここから本題です。
 大卒後もどもりを原因として就職できずに(せずに)結果的に引きこもりになってしまった私が、約2年の引きこもり生活の後に民間のどもり矯正所に通って同じ悩みを持つ仲間ができ、次第に元気になりハローワークに通って小さな会社の営業職につくまでの顛末はすでに何回か書いています。

 今回はこの間の心の動きや家族との関係などを書いてみたいと思います。

 なぜ、大卒後に引きこもりになるところまで追い込まれてしまったのか?
 私がどもり始めたのは2~3歳です。また、自覚しはじめたのが小学校の低学年2~3年でした。*親が言うには、2~3歳からどもり始め小児科医に相談に行ったところ「あまり神経質にならずに様子を見ましょう」といわれたので、それ以上の対応はしなかったとのことです。)

 私が小学生だった頃(70年代半ばまでのころ)は、東京近郊の湾岸の都市である私の居住地でも家の近くには古き良き昭和30年代を彷彿とさせる駄菓子屋が残っていて、ところどころに草野球ができるくらいの空き地がありました。
 小学校から帰ってくると鞄を投げ出して自転車ですぐ野球に行ってしまうような、(どもるところを除いては)昭和の高度経済成長期中期の典型的な少年でした。時代背景は「ちびまる子ちゃん」そのものです。 (「3丁目の夕日」は、私よりひと世代前の話です。)

 小学校の2~3年くらいからでしょうか、授業中に指名されてひとりで教科書を音読するときや自分の名前を言うときに明らかな言いづらさ自覚し始めました。
*もちろんその前からもどもっていました。自覚し恥ずかしいと強く感じ始めたということです。なかには、幼稚園の頃から悩み自殺まで考える子供もいて、その話を(大人になった)本人から聞いたときは、さすがにびっくりしました。

 さて、どもることで同級生に笑われたり先生に指摘されるようになると、しゃべる前に怖さを感じるようになりました。
*先生の中にも私のどもりをからかうようなのがいました。はっきりとおぼえています。

 私の場合は、父もどもり持ちであるにもかかわらず、私がどもるたびに「ゆっくりしゃべれ!」と顔を歪めて怒るのです。(そのトラウマが大きいように思います。)

 4~5年生になると、例えば、次の日の国語の時間に教科書を読まされることがわかっている場合には、子供心にも「死んでしまいたい、地球がなくなってしまえ」とまで思うようになっていました。

 それでは、さぞ、家庭や学校では暗い引っ込み思案の子供だったかというと、そうではなくて、学校でも家庭でも「ちょっとどもるけれども、明るい少年」といわれていました。(小学5年のときの通知票に書かれています。)

 思いっきり「演技」していたんですね。
 TV等で、「いじめで自殺した子供が親にも打ち明けられずに・・・」という話を聞くたびに心が締め付けられます。
*このあたりのことでも考えるところがあります。私が、何気ない日常会話でも大きくどもりまくるような重さの子供だったら、どもりが自分に及ぼした悪影響は計り知れないものだったでしょうし、今を生きる子供でしたら、学校では陰湿ないじめにあってその時点で「引きこもり」になっていたかも知れません。

 中学1年生になると、なぜか急速に症状が軽くなりました。
 授業中もすらすら電話もOKという感じで、「治った。これでもう、私の将来はバラ色」とうれしくてうれしくてたまりませんでした。クラス役員なども歴任していました。
 しかし、2年の秋頃です。急にどもりが復活しました。
 授業中に教科書が読めない、名前が言えない・・・小学校高学年以来の事態で、そのまま3年生になります。
 学年でもトップクラスの成績が徐々に低下し始めましたが、それまでの貯金で公立の進学校に入りました。

 高校に入ってからは地獄です。
 最初のオリエンテーションの時に受け付けで名前が申告できないところから始まって、3年間緊張の連続、
 心の奥では「死ねれば楽だろうな」とか「核戦争になり世の中が終わってしまえば良いな」、こんなことばかり考えていました。要するに、ギリギリ、だったのです。
 「よく自殺しなかったな」と思いますし、「あのときに死んでいれば楽だったな・・・」と、今でも思うことがあります。

 こんな状況で勉強に集中できるはずがありません。
 授業中は当てられる順番を数えて緊張し、週末になるとしばしの解放も日曜の夜になるとまた超ブルーになることの繰り返しです。
 そこまで追い詰められても自殺しなかったのは、10代の若い心が、まだ、柔軟性とそれなりのキャパシティーをもっていたからだと思います。
*いま思えば、精神科医などに相談し、ひとりで我慢してはいけなかったのですが・・・

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吃音:ひきこもりから就職へ(その2)
引きこもるところまで追い詰められた(自分を追い詰めた)原因は?

 大卒後にどもりのために就職できずに自分をひきこもりにまで追い詰めたものは何なのか?
*私の場合は80年代後半のことです。

 このことについては、引きこもっていた20代後半の頃はもちろん、職安で営業職を探して働き出してからも常に考え続けていました。

★どもりについて硬直した考え方を身につけてしまった小さな子供の頃からの家庭環境と、貧弱な公的サポート

 時は昭和です、私の親は10代までは戦争の時代を生きてその頃の教育を受けた世代です。
「どもってはいけない、どもることは恥ずかしいことだ! もっと苦労している人はたくさんいる」という考え方を身につけてしまうのは、家庭環境によるところが大きかったと思います。

 また、日本人の「恥ずかしがる」、「人と違うことをいやがる」といったようなメンタリティにもよるかと思います。
*平成のいまでも日本人の根底には同じような気質が流れているようです。格差が広がった分強くなっているかもしれません。

 個人差(家庭による差)もかなりあるかと思いますが、よほどの重いどもりでない限り、「自分の子供が言語障害である」という意識が親にないことも、子供を追い詰める原因になると思います。

 家のなかでつっかえつっかえしゃべっている我が子。「早口だからからか?」「内気だからか?」と考えてしまうのが普通でしょうし、なんとなく聞いた根拠のない民間療法すら信じてしまうようなところがあるのです。

 その背景には、正確な情報がない、どこに相談に行けば良いかわからないことがあると思います。
 かかりつけの小児科の先生のところに行ってもお茶を濁すような答えしか返ってこない。こんなこともあるでしょう。

 もしも、日常的に通える距離に子供のどもりに通じた言語聴覚士が言語クリニックを開業していて、
 または民間の病院か公的な施設に専門家が常駐していて、必要に応じて精神科医や臨床心理士、ソーシャルワーカーなどと連携しながらどもりを持っている子供の相談にのってくれていたら事情は大きく変わっていたと思います。
*いまも、そのそうな環境はありません。

★重さや症状の違いがどもり問題に与える大きな影響
 「どもりを持ちながらもがんばって働いている」などという個人の経験
 本人にとっては努力の結果であり喜ぶべきかも知れませんが?、これらの経験談がひとり歩きして他の吃音者のこころを追い詰めることにもなります。

 どもりと言ってもごく軽いものから重いものまであるし、その症状や精神的な背景も実に多様です。どもりは全て違うものその人特有のものと考えるべきでしょう。
「何々さんのお子さんもどもりがあるけれど、○○大学を卒業し立派に働いているんだから・・・」などということは慰めになるどころか本人にとっては拷問に近いことばとなります。

★子供の頃(思春期頃)から、
「将来就くところの仕事(職業)は実に多様であり・・・、ことばを主に使う仕事もあれば体を動かすことが主となる仕事もある。 都会のオフィスもあれば、田舎でゆっくりと生きていく方法もある」などということを教えてくれる(人生経験豊富な柔軟な発想のできる人やところ)の存在が必要だと思います。

「頑張ればなんとかなる」ほど世の中は甘くありません。