吃音仲間でできること(セルフヘルプグループの原点に戻る):初掲載は2012年5月5日、お互いに信頼できる吃音者が集まってできること:初掲載は2012年5月13日、(どちらもたびたび再掲載一部改編)

吃音仲間でできること(セルフヘルプグループの原点に戻る)
 今回は、しばらく書いていなかったどもりに対する直接的な働きかけについて書いてみます。
 テーマとしては・・・、
★「自分がどもること」を、あらためて、心と体でしっかりと受け止めること
★「信頼できるどもり仲間」の間で、安心してどもれる経験を積んで自己肯定感を高めていくこと
★必要に応じてことばの流ちょう性を高める訓練をする、同時にその限界も知る。(どもりの重さや症状によっては、いたずらに流ちょう性を求めないなど、個人差に十分に配慮する)
★いろいろな重さ・症状、環境にある吃音者と語り合い、どもりに対する偏った考え方をなくしていく。
★どもりについての情報を広く社会に発信し、吃音者の本当のこと、本当の苦しみを知ってもらう。同時にネットでの活動の限界も知る。

 これらの動きはサークル的な活動になりますので、運営の仕方が悪いと個人攻撃となってしまうことがあります。十分な注意が必要です。
*「どもりを持っている」と言っても、重さ・症状・バックグラウンドなど実に様々です。この「違い」を十分に考えた上での運営が必要です。

●「ほとんど困らないくらいのごく軽いどもりの方」から、「就学・就職などの節目でも大きな影響が出ないくらいの比較的軽い方」、「日常生活や学校生活、仕事に支障が出る方」、そして「どもることにより引きこもりになったり、うつ病などの心の病気になっているなどのきわめて深刻な方」まで実に様々です。

●また、吃音者が生きている環境も様々です。
どもりに対する家族の理解があるかどうか?、職場や学校でも、どもっている自分のことを受け入れてもらっているか?

活動の具体的な注意点
♥少人数で目的を合わせるとうまくいきやすい。
 最初から本格的な活動を望まないで、やりやすいとことから。
 同じくらいの年齢で、例えば就職、再就職を控えているのになかなか第一歩が踏み出せないというような、同じような境遇にいる人たちで集まるグループ活動がやりやすいでしょう。
 仲間をみつけるには、まずはセルフヘルプグループに参加してみて、そのなかで気の合う仲間をみつけるところからはじめればよいと思います。
 地域の公民館の会議室は低価格で借りられますので活動の拠点にできます。
 携帯やスマホで簡単に連絡を取り合えますので、日程や会場の変更にも柔軟に対応できます。

♥皆が苦手な電話の練習は、お互いの携帯にかけるところからはじめて、次第に家族が出ることもあるお互いの家の電話にかけるようにしていきます。相手がいないときは、104の電話番号調べや企業などのお問い合わせ電話にかけるのも良いでしょう。

♥街なかで、買い物で
 仲間で、あらかじめテーマを設定してから街なかに出て、歩いている人に道を聞く、デパートやスーパーで店員にいろいろと質問をするなど、日常や仕事のなかで話す環境に近い経験をする。
 その際の注意は、「どもらないようにする」というよりも、上手にどもりながらでも結果的に相手(いろいろな反応が出ます)とコミュニケーションをとれることを体験することにより少しずつ自信をつけていく。
 活動が終わってからは、お互いの違いを認めながらざっくばらんに話し合う。

♥サークル感覚で運営し深刻にならないように、
 グループにはバランス感覚に優れた統率力のあるリーダーを置き、個人攻撃的にならないように、「ボス的な人」が出てこないように充分に注意しながら楽しく行う

♥サークルのホームページ、ブログなどを作り情報を発信していく。同時に新しい仲間を集めることもできます。

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お互いに信頼できる吃音者が集まってできること

 前回の書き込み「吃音仲間でできること(セルフヘルプグループの原点に戻る)」では、気の合うどもり仲間でできることを書きました。

 いまの日本において、どもりで悩んでいる人がその悩みをすべて打ち明けることができ、また共感を持って持って聞いてもらえる人がいるところ。必要に応じて言葉の流ちょう性を確保するために練習したり、または、いたずらに治そうとしないでうまく共存しようとする、などの、試行錯誤ができる環境はセルフグループしかありません。
 しかし、セルフグループも人の集まりですから、場合によっては人間関係で苦しむことがあるかもしれません。

 既存のセルフヘルプグループに入ってみて自分には合わないと感じたら、我慢などする必要なありません。
余計な苦労をしないように、生きるうえで大切にしたい価値観を共有できる仲間をみつけて自分達なりのセルフヘルプグループを作って活動してください。
*いまではスマホや携帯で互いの連絡が自由に取れるようになったので、既存のどもりセルフヘルプグループにこだわらずに、気の合うどもり仲間を集めて自分達なりの活動ができます。

 さて、私がかつて行っていた方法で書き忘れたものがあります。サイコドラマ(心理劇)です。
 サイコドラマというといかにもぎょうぎょうしくて専門的知識が必要に思えるかもしれませんが簡単です。

 例えば、授業中に指名されて本を読まされるとボロボロになってしまうという、ある程度以上の重さの吃音者にはあたりまえのようにある悩み(私もそうでした)
 そのような場合は、安価で借りられる地域の公民館の会議室を借りてサイコドラマをしてみましょう。

 学校ですから教室のように机といすを並べ替えます。
 先生役の人、同級生役の人、そして困っている本人が「教室」に座り先生役の人から指名されて応えたり、本を読まされたりします。

 大きくどもったり、最初の言葉が出てこないで行き詰まった場合には進行を止めて皆で話し合います、「私の場合はこうしたらよかった」、「こう考えていけば楽になるのでは」などと自由に楽しく話し合うのです。

 注意することは、人格円満で公平公正、リーダーシップをとれる人がリーダーとなり、大きな流れをコントロールすることです。
★個人攻撃にならないように、いろいろな重さ・症状があるこに充分に注意する。
★誰かが一方的なな意見を押しつけることがないように。
★グループ内でボスを作らない。グループ内で先輩も後輩もない、みんな同じ。

 公民館の会議室が教室にもオフィスにも化けるわけです。
 終わってからは楽しく打ち上げしながら話し合えば良いと思います。
*やはり、ネット上のバーチャルな集まりばかりではなくて、実際に顔をつきあわせて語り合うことです。互いが十分に分かってきたところで携帯やスマホで連絡を取り合ったり、仲間でグループのWebページなどを作って情報を発信していけば良いのではないでしょうか。

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吃音(ある程度より重い)で、授業中にふるえている少年少女や、就職を控え不安でいっぱいの人の心をなえさせないために(たびたび再掲載一部改編:初掲載は2010年7月13日)

 日本人は、(自分もそうですが)、今でもなお、がんばることが好きです。努力家です。
 今の時期(時代)に書くと否定的に聞こえるかもしれませんが、人生においてがんばることは大切で、昨日の自分よりも今日の自分は少しでも前に進もうという気持ちがないと、多くの場合人生が停滞してしまうでしょう。
*例外が福祉の領域だと思います。心や体に重い障害を持っている人に、障害を持っている部分で必要以上に「がんばることを求める」ことはもってのほかです。その人なりの得意分野で無理のないように徐々に社会参加ができるようにサポートすることが、国や自治体、そして近くにいる人たちの使命ではないでしょうか。

 さて、いつも書いているように、どもりには重いどもりと軽いどもりがあります。そして、その症状も実に様々です。

 比較的軽いどもりの場合には、(そして、吃音者と家族やサポートする側とで信頼関係がある場合は)、場合によってはあえて叱咤激励することにより「最初の一歩」を踏み出せるように手伝うことも考えられますが、重いどもりの場合には、叱咤激励が全く逆に作用することになるかもしれません。

 耐え難いようなどもりの悩みをを抱えながらも、こころの面、言語面において満足するサポートが得られないことが多い(高校生以降は事実上なし)日本においては、孤立無援の状態で、無理をしてでも学校に通ったり就職活動したり、働いたりせざるを得ないのが現状です。
*本当にしんどい場合には無理をしようとしても足が向かなくなりますが、そこまで我慢したらたいていはうつ病などの心の病気になってしまいます。
心の病気になると多くの時間を病気との闘いのためにとられてしまいますし、回復にはかなりの時間がかかります。

 TVのニュースなどでは、毎日のように家族や会社内の人間関係からの凄惨な殺人などが報道されます。
 以前だったら破壊的な結果になる前にご近所や親戚など近くの人が助けてくれたりなどの最低限の「安全装置」がありましたが、いまは、世の中のいろいろな場面で「いきなりに限度を超えてしまって破滅的な結果に終わる場合」が多いようです。

 どもりについても、以前(1970年代くらいまで)の日本では、学校を出てもどもりでなかなか就職ができなかったら、ご近所や親戚の紹介で就職することもできたでしょうし、都市近郊でも、いわゆる会社員のほかにも農業に従事したり家業を継ぐなどの方法もあり、それで生きていくことができました。
 しかし、今ではそういう選択肢もなくなってきました。
 たとえ、あったとしても「ジリ貧」になってしまいます。食べていけないのです。

 また、家族や友人間のコミュニケーションの量が減り質も落ちているので、どもりで本当に困っている人の苦しみや孤独感がまわりに伝わらないことが多く、精神的に追い詰められている吃音者が多いのではないかと思います。
*スマホなどでの見かけ上のコミュニケーションの量は飛躍的に増えているでしょうが、たわいのないやりとりばかりで、「人にはなかなか言えないようなことをざっくばらんに話せるというレベルのコミュニケーションや人間関係」が減っているのです。

 いまこのときにも「自殺」することばかり考えているような、深刻に悩んでいる吃音者がどれくらいいるでしょうか?
 サポートする側は、「悩んでいる人ほど孤独になる」ということを考えた上で動かなくてはいけません。

 ではどうすればよいでしょうか?
 吃音者がどもりのために自暴自棄になってしまうまえに、まわりの人ができることは・・・、
★身近にいるどもりを持っている人が(たとえ軽く聞こえるどもりでも)、「もしかしたら、思い詰めていて自殺を考えるほど悩んでいるかもしれない」と考えてみること。
★進学、就職などの人生の節目においては特に、どもりを持っている人は100%悩んでいるという前提のもとに動くこと。

 まわりにいる人ができることは、「まずは、ひたすら吃音者の言葉を傾聴することにより信頼関係を築くこと」「そして共感すること」
「(信頼関係を築いた上で)、どうすれば良いかを一緒に考えること」です。

*どもりを原因としたうつ病経験者でもある私としては、うつにも同じような考え方ができるのではないかと思います。日本のうつ病に対する体制、短い診療時間と安易な薬の投与ではなかなか治らない。バブル崩壊以降、国民病といわれているうつ病に対する日本の取り組みの問題点がTV、新聞、雑誌等でたびたび取り上げられているにもかかわらず、一向に改善される気配すらないのには怒りすら覚えます。

吃音(どもり):学校のことばの教室の現状は?(再掲載一部改編:初掲載は2015年4月8日)

 このブログで私は、小中学校に通っているどもりを持った子供には「ことばの教室」というサービス(通級指導教室)がある、と書いています。

 いっぽう、80年代末に、私が大卒後就職できずに引きこもりのあとに元気が出てきてから通った「民間のどもり矯正所」で出会ったどもりの子供を持つお母さんから直接聞いた話では、「子供をことばの教室に通わせているが効果が全くない」、とか、「対応が悪い」という話を聞いていましたし、
大人の吃音者の集まりに参加してくださった、ことばの教室を担当しておられる先生ともお話ししましたが(10年近く前)、ことばの教室とそれに携わる先生が軽視されているとの現場の声でした。

 どちらも時間が過ぎた話なので、現状はどうなっているのかは気にはなっていました。
 そこで、ネットレベルですが、ことばの教室の現状というワードで検索をかけてみました。
 思ったよりも現場に近い資料が多く出てきました。

 いくつか当たってみましたが、気になったのが千葉県の資料です。
 PDFで「平成25 年度要望書添付資料 千葉県ことばを育てる会」とあります。
 これには以下のようなことが記されていて・・・、
★ことばの教室に通いたくても通えるようになるまでは何ヶ月も待たされる
★中学校に至っては、市に1カ所しかないところもある
★先生がいわゆる普通の先生でそれも十分な研修すら受けていない方がひとりで大人数を担当している
★幼児→小学校→中学校間のサポートする担当者間での情報の引き継ぎが行われていない
★児童への指導時間しか認められていないので、親、通常の学級担任、担当者との連携をとるための相談や面談が十分に行われていない

*平成30年のいま同じように検索をかけてみましたら、「平成26年9月24日 千葉県教育長あて「難聴・言語障害教育に関係する要望書」 千葉県ことばを育てる会」が見つかりました。これもPDFで原文が読めます。厳しい現状がわかります。

 もう、お寒い限りです!
 千葉県だけのことと思いたいところですが・・・、これでは、どもりで悩んでいる子供や親御さんは深刻になるばかりです。
 全国的にこうなのでしょうか?

吃音:自分のことは自分がいちばん良く分かってはいるが・・・(再掲載一部改編:初掲載は2014年12月25日)

 どもりを持っている、それもある程度以上の重さのどもりを持っている人にとっては、どもりはじめた子供の頃からいままでの「自分しか知らないどもりにまつわるつらい経験・想い」がたくさんあります。  
そしてそれは、他の人にはなかなか理解してもらえないものでもあります。  
 親や学校の先生、専門家と言われる人たち(STなど)にもなかなか理解してもらえないでしょう。
*とりあえずでもどもりの話を最後まで聞いてくれる人が身近にいるだけでもかなり恵まれていると思うべきです。
*学校や職場では、言うべき時には言うべきことをしっかり・はっきりと言うことを求められます。(学校の授業中の発表や、職場での営業トーク・電話等でコミュニケーションに支障が出るような人でも)家庭では必要最小限のことをしゃべれば良いので、家族からはどもりの深刻さを理解してもらえないことも多いと思います。
*もちろん、家庭での最低限の会話でも大きくどもるような方もいらっしゃることを忘れてはいけません。
*吃音者どうしでも、重さや症状、育った環境(精神的・経済的)が違いますので、なかなか理解しあえないことがあります。  

 ですから、自分の経験や自分がいま感じていることを大切にして、しっかりと自分の意見を持ってこれからの生き方に生かしていく必要があります。  
人(親、先生、専門家)からのアドバイスに必要以上に振り回されないようにしましょう。
*なぜならば、人生は自分のものであり最終的には誰も責任をとってくれないからです。  

 しかし注意すべきこともあります。 自分の考え方を持つうえでの「思い込み」の注意です。  
自分の考え方を持って力強く生きていくことはとても大切なことですが、ひとつの考えにとりつかれてしまい柔軟性を失ってしまうことへの注意です。

「この生き方しかない」と周りが見えなくなることがいちばん危険なことです。  

 そのようなことにならないためには、
★多くの人(吃音者も非吃音者とも)と付き合って、いろいろな生き方考え方があることに普段から触れていることです。
*偏った考え方に陥らないようにするためです。

★しかし、他の人の考えに過度に振り回されないように、自分なりに精神修養や気分転換をして自分の考えをしっかりと持てるようにしていくことです。
*「いわゆる新興宗教など」にはまってしまわないように注意しましょう。

★信頼でき自分のことを隠さず言えるようなこころの専門家(精神科医や臨床心理士)をぜひ見つけてホームドクターにしてください。そしてその先生には自分の思いを率直にぶつけてください。(ぶつけられる先生を選んでください)

★人生には大きなピンチが何度もあります。(いくつからでも人生を生き直す覚悟)
 それができるように、自分の周りの環境(経済的・精神的)を日頃から整備しておくことが大切です。 ときには「大きな生き方の変更」が必要になるかもしれません。それを緻密かつ大胆にできるように覚悟し準備しておくことです。その際に大きな助けになるのは、やはり安心して心の内をさらけ出せる親友の存在です。

吃音:ほんとうにどもりで困っている人はなかなか言い出せない(再掲載一部改編:初掲載は2015年3月20日)

 以前、どもるの人たちの泊まり込みの集まりに参加したときのことです。
 その集まりは、男性も女性も参加していて、年齢層も20歳代から50歳代まで、人数もほどほど(15人くらいだったでしょうか)で、いろいろと話ができそうな雰囲気でした。
 講師の語らいと意見交換の時間が主でしたが、夕食後の遅い時間には打ち解けて話せるフリートーキングの時間もありました。

 こういう機会を持つことは吃音者(児)にとってはとても大切なことだと思います。
 ほんとうは子供にこそ必要で、小学生のころから春休みや冬休み、連休などを利用して、学校の校舎でよいので、同じメンバーで継続的に行うことができれば、
そして、親御さんはもちろん、学校のことばの教室の先生、普通の先生なども参加して打ち解けたなかでじっくりと(本音で)話すことができれば、
「それで治る!」なんてことはあり得ませんが、それぞれの心のなかに大きな変化が生まれてくると思います。
*セルフヘルプグループでも一部行なわれていますが、もっと頻繁にいつものメンバーで継続的に行なうことが必要です。

 しかし、私が参加した集まりでは気になったことがあります。
 ほんとうに困っている人、やっとの思いでこの集まりに参加してきた人の発言の機会がないのです。
 なかなか言い出せない人がいるといちばんわかっているメンバーのはずなのに・・・

 どもりが重くて(重くなくても)、自分からは(どもりの仲間の集まりでも)言い出せない。
 毎日の生活でどもりのために追い込まれていて、どうにかなってしまいそうな自分をなんとかしたくて、そのきっかけがほしくて思い切って参加した。
 そんな人が、やはり、ほんとうに困っていることを言えずに時間が過ぎていってしまう。そんな印象でした。

 会合の講師は、「なにか言い残したことがありますか?」と聞いてはくれますが、やはり言い出すことができません。(雰囲気でわかります。目が語っていました)

 心のなかに溜まった何年・何十年か分の「言いたいこと、思い詰めていること」があるのでしょうが、やはり言えない・・・その人の仕草から強く感じました。
 もう10年ほど前のことですが、ふと思い出しました。

吃音で困っている人の現実を知ること(再掲載一部改編:初掲載は2012年2月22日)

 このブログではいつものように書いていますが、どもりの原因は未だにわかっていません。
 21世紀初頭の人類の科学のレベルでは、「脳科学」などといっても幼稚なものです。
脳の手術や投薬によって、またリハビリテーションによって確実にどもりを治すことは「夢物語」です。
*うつ病も「薬で治る時代になりました」などという宣伝も見かけますが、一部の軽いものを除いては、現実は全く違います。社会的な背景がある心の病気なので、うつ病を経験し仕事を休職した方や退職した方。身近に患者がいる方ならば身にしみておわかりのことと思います。時間をかけた丁寧な心理カウンセリング、家族の協力、職場の理解と会社の経済的余裕(休職者を抱えていける、その後もとの地位に復帰できる)などがあって、また場合によっては転職・転業をするなどの決断と家族のバックアップがあってはじめて良い方向に進んでいくものです。

 いま、学齢期以前に自然治癒せずにそれ以降にどもりを持ち越して、日常生活や学校生活、仕事に支障があるような重さや症状のかたで、その後、少しでも「どもりが良くなった」という方々は、(自分も含めてですが)、まさに自分で工夫したの対症療法の結果です。
 それも、我流や、昔から民間の無資格矯正所で流布されてきたような民間療法を自分なりに、また、どもりの仲間同志でアレンジして、さらには実生活で多くの苦労を積みながら、「結果的に軽くなった」という方々です。
*といっても、いつまた再発するか悪化するか、それがわからないのがどもりの特徴です。進級や進学・転校、社会人の場合は転勤や転職等の変化によって、軽くなっていたどもりが吹き返し、いまの仕事ができないくらいに悪化することもあたりまえのようにあります。

 つまり、医学的にどのような理由で軽くなったかということがわからないので、いつまでたってもそれらは亜流としか存在できず、また、専門家といわれている人の知識や治療の実力が、(どもりを身をもって体験している吃音者のどもりに関しての知識を凌駕できないために)、知識欲旺盛な吃音者から見透かされる場合すらあります。

★専門家といわれる人が(特に思春期以降のどもりは)治せないというか、扱えない(扱わない)現実、
★どもりは個人ごとに症状も、そのバックボーンも大きく違うという現実
★吃音者もそれぞれ求めるものが違う、という現実
 などを考えるときに、専門家を含む第三者ができることは・すべきことは、まずは、吃音者が「いまをできるだけ生きやすくなるお手伝いをする」ことではないでしょうか?

★学校や職場で、どもりを原因として陰湿ないじめを同級生や先生、同僚、上司から受けていないか?
★吃音を持った子供が家庭内で家族からネグレクトや言葉によるいじめを受けていないか?、
★学校を出てもどもりのために就職できず引きこもっていないか?

 このような、どもりであるがための不都合にひとつケース毎に丁寧に対処していくこと。
 また、場合よっては、少しでもなめらかに言葉が出てくるような言語訓練を個人ごとに工夫しながらおこなうこと。
 かなり重いどもりの場合は、いたずらに言葉の流ちょう性を求めるのではなくて、まずは環境を整えて少しでも生きやすくして安心感を持ってもらえるようにすること。

 いま現実に困っている吃音者のまわりにいる人は、中途半端な理屈や精神論を吃音者に語らないで、現実に起きている問題をひとつひとつ解決するためのお手伝いをすることからはじめる必要があります。

吃音:いまの自分が少年の頃の自分にアドバイスできるとしたら(その1、その2) (再掲載一部改編:初掲載は2014年10月29日)

その1*********
 今回は、どもりで悩んでいる子供が、あたかも近所の歯医者に通うような感覚で通える、どもりの臨床に通じた専門家がいる施設などは(事実上)ないという現実を踏まえたうえで、あえて「妄想」のようなことを書いてみます。
*たまたま、学校の「ことばの教室の先生」が熱心にどもりに取り組んでくれているとか、日本には数少ないどもりに取り組んでいる専門施設(大学など)が日常的に通える範囲にあって・・・ということは考えないこととします。国内どこに住んでいても同じようなサービスが受けられるというのが基本だからです。

 さて・・・、吃音者を取り巻く状況がいまのようでは・・・、
どもりはじめた子供の頃からいままで、なんとか(死なずに)生きてこられたいまの自分が、過去の(少年時代の)自分にとってのいちばんの先生であり、カウンセラーになると思います。
*が・・・、悲しいかな、タイムマシンがないので、少年の頃の自分に会いに行って助けることはできません。たとえあったとしても、いまの自分が過去の自分には会えないとか?

★まわり(家族、友達)に気を使う前に自分のことを第一に考えて自分を守ろう
 心優しい人が多い? どもりを持つ子供。
*気が弱くなってしまっているといった方が正確でしょうか。

 家族には自分のどもるところを見せたくないので、どもりそうなことばは避けてできるだけ話さないようにすればどもる機会も減るので、そのようにしている人も多いでしょう。
 また、家のなかでどもると、家族(親兄弟、祖父母)から・・・「ゆっくりしゃべりなさい」「落ち着いて話しなさい」などの注意を受けたり言い直しをさせられる、
 場合によっては家族からですら、笑われたりバカにされる、などの状況におかれている人も少なくはないでしょう。

 まずは自分を守りましょう。

 もしも家庭の中が、どもりを持った自分にとって居づらいようなところだったら・・・、
 学校の先生(少ないかな?)、親戚など、自分のことをなんでも話せる大人がいればその人に相談するのも良いだろうし、
「そんな人はいない!」ということだったら、勇気を持って「チャイルドライン」などの相談電話にかけてみてください。(どもっても大丈夫、聞いてくれます)
 各地にある児童相談所に電話をしたり直接行っても良いと思います。

★同じ悩みを話し合える、共有できる友達を作る
 これが一番大切なことかもしれません。
 悩んでいることを気を使うことなくなんでも話せる友達がいることは何よりも大切なことです。
*実際には、どもりを持っている子供で、こういう友達を持っている人はかなり少ないでしょう。

「言友会(げんゆうかい)などの「どもりのセルフヘルプグループ」が主催する子供向けの催しなどに参加して、同じくらいの年齢のどもりの友達を見つけてください。
 たとえ近くに住んでいなくても、一度、直接会うことができよく話しておけば、あとはネットでも話し合えますね。

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その2**********

今回は・・・、
★自分のどもりの重さや症状をよく知ること
★自分のどもりを維持したり悪くさせるかもしれない家庭環境や学校環境を調べて対応すること
★自分(たち)でどもりについて調べ考えて、いろいろと工夫をすること
などについて書きます。

★自分のどもりの重さや症状をよく知ること
 自分がどもっているところを見たり聞いたりしたことはありますか?
ビデオカメラで撮影したりレコーダーで録音して見たり聞いたりすることです。
*ビデオカメラはメモリータイプでとても小さく高性能で安く買えますし、録音だけのレコーダーならばさらに安く買えます。

 しかし、自分のどもっているところを見るのが怖くて勇気が出ないというところが本当のところではないかと思います。
 それでも勇気を出して、「家族との何気ない会話」「買い物をするときの店員さんとの会話」「電話するときの話し方」「録音だけならば学校の授業中」など、自分のどもっているところを見たり聞いたりして観察してください。
 どもっているときにはどんな姿勢をしているのか?、顔つきはどうか?など、じっくりと観察すると見えてくるものがあるかもしれません。

★自分のどもりを維持したりより悪くさせるかもしれない家庭環境や学校環境を調べて対応すること

 自分がいま生きている環境について、
 家庭では、どもりで悩んでいることをわかってくれているか?
 家族とどもりの話ができるか?

 学校では、どもることで同級生や先生などにからかわれたりいじめられたりしていないか? 担任の先生にどもりのことを相談できるか? ことばの教室に通っているならば、その先生とはなんでも話せてしっかりとサポートしてもらえているか?

 もしも家族から「からかわれたり」「いじめられたり」しているのならば信頼できる大人に助けを求めましょう。
 親戚のおじさんやおばさん、学校の担任の先生など、なんでも話せる人がいれば良いのですが、そうでない場合は「いのちの電話」に電話したり「市の児童相談所」に電話でも直接行っても良いでしょう。警察でも良いと思います。

 学校でいじめられていて、しかも、親には相談できない、担任の先生も相談に乗ってくれないかきちんと対応してくれないのならば、迷わずに警察に相談しましょう。

★自分(たち)でどもりについて調べ考えて、いろいろと工夫をすること
 言友会(げんゆうかい)などのセルフヘルプグループでは子供の集まりも行なっています。同じ悩みを持つ同じくらいの年齢の友達を作ってください。
 いままでは、誰にも話せなかったどもりのこと。気軽になんでも話せる友達を持つことだけでもこころが楽になります。
 高校生くらいになれば、仲間で集まっていろいろと活動することもできますね。

 

吃音をもつ子供にとって、家の中は安心してどもることができる場所であることが必要です(再掲載一部改編:初掲載は2012年4月8日)

 どもりを持った人にとって家庭がくつろげる場所であることは大切なことです。
 特に子供にとっては大事です。

 お父さんやお母さんが(どもりをもつ)子供と一緒にいることができるのは家の中だけです。
 学校までついてきて一日中付き添うことは、たとえ制度的にはできたとしても現実にはなかなかできるものではありません。
*小学校の普通学級で、発達障害を持ったお子さんをサポートするために親御さんが付き添っている現場に接したことがありますが、親御さんもたいへんでしょうが担任の先生がいちばんたいへんそうでした。

 我が子のどもりを心配している親御さんは、お子さんがどもる度に心配することでしょう。将来を心配してよけいにビクビクしているかもしれません。
 自分の子供がどもっているのに関心を持たないとか、どもる度に精神的・身体的な虐待をするよりかはもちろん遙かに良いのですが、それでも、過度に神経質になってしまい、どもる度に言い直しをさせたり、「ゆっくりしゃべりなさい」などと注意するのは絶対にいけません。

 我が子のどもりを心配する親は(どもりを治したい、少しでもどもる頻度を減らしたい)ということで、無意識のうちに子供のしゃべりを「監視」するようになってしまいます。
 まずこれをやめることです。おおらかにどもらせることです。

 子供は、学校ではかなりのストレスがかかっています。
 たとえいじめられていなくても、授業中にどもる度に笑われたりしていることでしょう。

 せめて家の中では自由にどもらせる。
 そして、子供のほうから「どもってしまうことの悩みや失敗談」を気軽に話せるような雰囲気の家庭にしていくことです。
*実際にはこのような家庭はほとんどないと思われます、が、これを読んだ親御さんは、是非こんな雰囲気の家庭にしてください。

 その後は、家族でゆっくりと大きな声を出して楽しく本を精読しても良いですし、歌を歌っても良いですね。
そのような方向で進めていけば良いと思います。

 できれば、見つけるのはかなり大変かも知れませんが、どもりに造詣の深い言語聴覚士、ホームドクター的に接することができる児童精神科医や臨床心理士がいれば、なお良いと思います。
*お子さんが学校の「ことばの教室」の通っているのであれば、どもりや子供の心理に精通した指導者が担当してくれているか?親御さんの目できちんとチェックする必要があります。
*どもりのセルフヘルプグループが主催する相談会や親子キャンプ等に参加するのも良いことです。

 我が子のどもりを心配した親は、まずはネットで「どもり」「吃音」などのキーワードで調べるでしょう。
 インターネットが一般的になって20年以上たって、最初の頃と比べると情報量としては飛躍的に増えました。
が、残念ながら多くはインチキ情報か思い込みの強い情報です。
 例えば、いかにも吃音者本人が書いているようなブログ様の形式でどもりについて書かれているのを読み進めていくと、結局はどれも同じ「通信教育ふうの明らかなインチキ治療システム」にジャンプしていく。こんなタイプのものがあります。
 どもりについてネットで検索すると、こんなものばかり引っかかってしまいます。
 それらをまともなものと信じてしまう吃音者や親御さんも少なからずいるのではないでしょうか?

 ネットが一般化する90年代前半くらいまではあった、街のなかの電信柱に貼られた民間どもり矯正所の怪しげな広告の貼り紙や、週刊誌や漫画雑誌の隅っこに小さく載っていた矯正所のこれも怪しげな宣伝記事ほうが、実際に行くまでの敷居が高かった分、余計なお金を使うことがありませんでした。
*昔、どもりの矯正所に100万近くつぎ込んだと言う人がいて驚いたものです。(もちろん本人は真剣でしたが)気をつけましょう。

黙る(黙ってしまう)吃音者

 (ある程度以上の重さの)どもりをもっている人は、小学校に入る頃から(場合によっては幼稚園の頃から)、どもることにより、ことばでは表現できないような生きづらさを毎日のように経験し、いろいろな想いを積み重ねます。

 子供の頃からこのような生活が続きますが、その苦しみや悩みは親を含めても誰かに理解されることは、残念ながら、ほとんどありません。

 しだいに、誰かに苦しみを訴える(ようとする)ことはあきらめて、自分の心の中だけにしまって生きていくようになってしまいがちです。

 学校生活では、
 授業中の発表、指名されての教科書の音読、友達との会話、いろいろな委員会活動などでの発言と、人の前で話すことに事欠きません。

 吃音者は、自分の名前が言えない(なかなか出てこない)、最初のことばが出てこない、どもり特有の話し方(わわわたししは・・・)になるので、結果として学校での生活のすべてに問題が出てきてしまいます。

 当然、からかい、さらには陰湿ないじめの対象になることも多く、先生からでさえもどもりの真似をされてからかわれたりすることもあります。(私がそうでした)

 そのような毎日を過ごしていると精神的に追い込まれてしまいます。
話すことがこわくなり、場合によっては毎日が地獄のように感じられます。
 しだいに学校に行くのがいやになって引きこもりの原因となります。
 どもりでない方には想像もできないでしょうが、自殺を考えることもまれではありません。
 *「ある程度以上の重さのどもり」とは、第三者が聴いてもどもりとわかる人だけではなくて、傍から見てよくわからなくても、本人として悩んで生活に支障が出ていたり、家族などの理解得られないことにより精神的に追い込まれている場合も含みます。

 一方、社会人は、
 そもそも、社会人になる前には就職活動が必要ですが、その際にも大きなマイナス要因になります。
 自分の名前が言えない(なかなか出てこない)、どもり特有の繰り返しになったり、ことばがなかなか出てこずに顔を歪ませて発音するようでは、現実には面接での大きななマイナス要因になります。
*職業といっても、ほんとうは、デスクワークをする会社員・公務員だけではありません。農・林・水産業、医療・福祉、いまではNPO、NGOなど多様な選択肢があるはずです。しかし、就職というといわゆる会社員をイメージしてしまいがちです。
*どもりを持っていてなかなか就職が決まらず、誰かのコネで事務系や営業系の会社に就職したような場合は、入ってから大いに苦しむ場合が多いのです。

当事者にしかわからないどもりを持ちながら生きることの苦しさ(再掲載一部改編:初掲載は2015年4月5日)

 日常生活・学校生活・仕事(職場)でのコミュニケーションに支障が出るようなどもりを持っているか、
 または、第三者から見た程度は軽くても自分として人生に大きな影響が出ている場合は、
どちらも大きな苦悩を背負っての人生となります。

 多くの場合は、どもりという問題に直面している当事者でしかわからない苦悩であり、周りの人に説明することがきわめて難しい(理解や共感を得られるのが困難な)ことでもあります。
*いちばんの理解者になるはずの吃音者でさえ、他の吃音者の気持ちを理解できないか、との吃音者からかけられる言葉や仕草で、かえってこころを傷つけられてしまうこともあるものです。

★家庭で直面する問題
 これは親兄弟や祖父母の、「どもりに対する無理解・無視」、「どもることを非難すること」などの問題です。
 多くの場合は「悪意から」というよりも、
「どもりの苦しみがわからない」、「深刻な障害とは思っていない」、「それほど悩んでいるとは思っていない」ことで、結果として無関心となることが多いと思います。
 たとえ本人がどもりの苦しさを訴えたとしても、それを「甘え」としかとらえることができずに、非難してしまうかもしれません。
*けがでリハビリを受けていて足を引きずっている家族に対しては、普通はそういう態度はとりませんね。

 しかし、もしも・・・、
 他人がいる前で、大きく顔を歪ませながら絞り出すようにどもりながらことばを発する場面を見せられれば、考え方も違ってくるとは思います。

 ・・・が、吃音者は、自分のどもりを極力隠そうとするのでなかなか理解を得られないのです。  
*多くの吃音者のどもりは「重症」ではなくて、何気ない日常会話では大きな問題もなく話していても、電話をかけるときや受けるとき、また、面と向かっての自己紹介などで自分の名前や社名を言おうとするときに、突然おおどもりになったり言葉がしばらく出てこなかったりするのです。(第三者からは軽く見えて、理解されない例です)

★学校で直面する問題
 新入学や進級の季節に、新しいクラスでは自己紹介をしますね。
新しい先生にも何回も名前を聞かれるかもしれません。
健康診断では名前を声に出して申告しなければならないかもしれません。

 当たり前にいえるはずの自分の名前が言えないことや言いにくいことは、どもりを持つ子供のこころを萎えさせるのには十分な出来事です。
*このことを理解できないどもりでない方は、仕事や日常生活において名前や所属する組織の名前を聞かれたときに、数秒の沈黙の後に、「えーと、えーと、えーと、えーと、すすすスズキです」と言ってみてください。

★職場で直面する問題
 社会人のどもりは自分の生活(生きていくこと)に直接影響します。
人はお金を稼いで生きているからです。

 職場で電話をとったりかけるときに、数秒の沈黙の後に・・・、
「な、な、な、なのはな、さ、さ、産業です」とやったらどうなるでしょうか?
 続いて話すはずの話の内容もしどろもどろで何が何だかわからなくなってきます。

 また、会話で比較的スムースに話せていたときに、相手が不意に名前を聞いてきて同じような状況になることもあります。
*顧客から「あの人はうまく話せないので担当を代えてほしい」と言われることもあります。これが現実です。

 このような状況で次第に仕事に支障が出てきて精神的に追い込まれていき、うつ病などのこころの病になり、結果的に会社を辞めることになることも多いのです。
*現実にはこのような症状でも、生きていくために頑張らざるを得ない人も少なからずいらっしゃるでしょう。(余計、深刻な事態になります。)

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 どもりの症状・重さ、それに伴う苦悩は、吃音者の成長とともに、また時間の経過とともに、置かれている社会的状況の変化などによっても大きく代わり得ます。
*季節や体調によっても大きく変わってくるという人もあります。

 小学生の頃は比較的おおらかな環境で過ごせて、どもりながらもそれなりに楽しく過ごせた(結果的に症状も安定してきたり軽くなってきた)としても、
中学に入り、いじめに遭った、ひどいからかいにあったことで深くこころが傷つき、症状はもちろんメンタル的に重いどもりになって不登校になってしまうということも十分にあり得ます。

 なんといっても、「学生から就職活動、そして就職」の頃がいちばん大きな節目になります。
(職種にもよりますが)仕事では話すべき時に話さなければいけないことを話すことをあたりまえに求められます。
自分がどもるという事実から逃げることができなくなります。
*私自身の経験としてこのブログに何度も書いています。

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 それでは、どのように自分のこころと体を守っていけば良いのでしょうか?
 これは、吃音者それぞれのどもりの重さや症状、また、生きている環境(精神的・経済的)によっても大きくその心構えや方法が違ってくるとは思います。

★世の中の公的・私的サポートを最大限利用することです。

 こころを守るため、こころの健康管理のためには、自分のことを何でも話せるホームドクター的な精神科医や臨床心理士が必要です。
(都道府県単位である、「精神保健センター」も役に立つと思います)

 家庭内で理解を得られないどころか、家族からどもるたびに怒られている、
 学校でいじめにあっていても先生が動いてくれない、
 職場で嫌がらせを受けたりする

 そのようなときには、市役所、ハローワーク、労働基準監督署、弁護士会、法テラス、保健所、児童相談所、警察署、いのちの電話などの公的・私的なサービスを最大限利用して自分を守りましょう。
 子供の場合には、学校の通級課程である、「ことばの教室」を利用することもできますね。

★自分で工夫・努力をして、こころの逃げ場、安心して自分の心のなかを出せる場所や時間を、いま生きているリアルな空間やサイバー空間(ネット)に作り出すことです。
 どもりのセルフヘルプグループに参加して安心して語り合える友達を作る。これだけでもこころは大きく救われます。また、いろいろな情報も入りやすくなるでしょう。

 自分でブログ等を作り(トラブルに巻き込まれないように匿名が良いですね)ネット上の友達を作る。
 このように、いろいろと工夫しながら、そして同じ悩みを共有する友を作り、孤独になることを防ぎつつ、少しずつでよいので頑張っていきましょう。