吃音をもつ子供の親ができること(再掲載一部改編:初掲載は2011年4月28日)

 いつも書いていますが「どもり」は実に多様です。症状も重さも人それぞれ大きく違います。
 自分のなかで、どもることをどのようにとらえて生きていくのか(いけるのか)。
 また、どもることが結果として人生にどれだけ悪影響を与えるのかも、人ごとに大きく違います。
*「どもり経験が自分にとって結果的に良いことだった」とまで言う人もいますから。

 これもまたいつものように書いていますが、どもりの子供の家庭環境(精神的、経済的)が、その後の人生に大きく影響することも忘れてはいけません。

 どもっている子供がいる家のなかが、たとえば・・・、
★常に夫婦喧嘩をしているような険悪な雰囲気の家庭
★おじいちゃんおばあちゃんと同居している場合に、孫がどもることで嫁を責めたり、聞きかじったとんちんかんな治療法(お灸?)を強制するような雰囲気
★権威主義的な雰囲気に満ちた家庭
★親兄弟がどもりを持つ身内に「どもることくらいで悩んでいるおまえは甘い、世の中にはもっと苦労している人が大勢いる」などと言うような雰囲気
*これをしなければどもりが治るということではありません。でも、学校などの外の世界でさんざん傷ついて帰った家庭がこんなふうでは、うつ病などの心の病気になってしまいます。

 大人になれば人生は自己責任です。誰も守ってくれません。
*思春期以降の年齢の吃音者に対する公的なサポートは事実上ありません。

 そのときになってどもりという「余計なこと」で必要以上の苦労しないように、どもりを持つ子供の親がしてあげられれることと言えば、子供の頃(幼少期~思春期)の環境を良くしてあげることくらいしかありません。
*もちろん、必要に応じて、言語聴覚士や精神科医などに相談したり、学校のことばの教室に通う、(親む含めて)どもりのセルフヘルプグループに参加するなどの工夫も必要です。

吃音:親を恨むこころは・・・(再掲載一部改編:初掲載は2013年6月20日)

 私は大卒後も就職できずに引きこもってから2年近く過ぎて、20歳代半ばを過ぎてから、なんとか通うことができた民間のどもり矯正所においてはじめて、どもりという同じ悩みを持つ友を持つことができました。
 それまでは、家族にも友達にも話すことのできなかった「どもりの悩み」を、心ゆくまで話し合えるようになったときの開放感は、ことばでは表現できるものではありません。
 自分のこころのなかには、どもりに対する想いがこんなに多く詰まっていたのかと驚いたものです。
 また、こどもの頃からどもりに関する想いを無理やり自分のこころのなかに押し込んできたことが、自分のこころとからだに大きな悪影響を与えてきたことを確信し、これからも影響を与え続けるだろうことを予感しました。

 その中のひとつが、「こどもの頃からこころのなかに押し込んできた想い」
・・・「親に対する根深い恨み」でした。

 どもりの悩みは人それぞれですが、いろいろな吃音者に接するうちに、それなりの割合で「親に対する恨みの感情を持っている人」に会いました。
★こどもの頃、どもることで学校でも笑われたり、からかわれたり、いじめられたりしていたのに、そして、それを親に訴えたのに相手にされなかった
★それどころか、「どもりくらいたいしたことはない、もっと苦労している人はたくさんいる・・・」と説教をされてしまった。

 「家族にすら理解されずに苦しみのなかで生きてきた話し」を仲間から聞きました。
なかには話しながら泣き出してしまう方もいらっしゃいました。
 こどもの頃からいままで、自分のこころのなかだけで持っていて誰にも言えなかった感情が、共感して聞いてくれる人の前で話すことによりあふれ出てしまったのでしょう。

 少し冷静になって背景を考えてみます。
★親はどもりのことが分からない?
 こどもの多くは、自分のどもりを知られたくないので家庭のなかでさえも極力隠そうとします。
特に、言いにくいことばは言わないようにします。会話も最低限のものにします。

 ことばの調子の良いときにだけ話すようにすれば、親からは「だいぶ軽くなったね、良かったね!」などと頭をなでられるかもしれません。

 しかし、これでは親は、自分の子供がどもりで悩んでいることを正確に把握できません。
*学校でいじめられているにもかかわらず、家ではそのそぶりさえ見せないで、ある日突然自殺してしまうことに似ています。

ここで考えなければいけないこと・・・
★世の中にどもりに対する正確な情報がほとんどないし、気軽に相談に行ける公的な専門機関も(ほとんど)ない。

 これが致命的かも知れません。
 せめて、住んでいる市町村のなかに(日常的に気軽に通える範囲に)一カ所でも良いから、吃音に関心を持って取り組んでいる臨床心理士、言語聴覚士などがいる施設があれば、状況はだいぶ変わってくるはずです。
*学校の「言葉の教室」も、その量・質ともに問題が大きいようです。

 親を憎んでいる場合はどうすれば良いか?
★同じどもりを持つ友人(親友)を作り、いままでのことなどを打ち明けることにより、こころの中にある負荷を下げていく。
★どもりのセルフヘルプグループの会合に参加して、いろいろな立場(性別、年齢、育った環境の違いなど)の吃音者に接することにより、自分のどもりや育った環境を客観的に見てみる。
★自分のいまやこれからを充実していくことにより過去にとらわれない(とらわれにくい)ような状況に自分を持っていく。

 なんと言っても、自分のことをこぼせる信頼できる友人を(ひとりで良いので)作ることが第一だと思います。
*なんでも話せるホームドクターとしての精神科医や臨床心理士を持つことも良いことです。

(ある程度より重い)吃音とうつ病の関係(再掲載一部改編:2012年8月28日)

 このブログではどもりの問題を考えていますが、どもることで日常生活や学校生活、職場での様々な不都合が積もり積もって発症することのあると思われる「うつ病」の問題についても考えています。

 今日(2012年現在)の報道では、新卒の大学生の2割強が進路未定者や不安定な非正規雇用であると報じられています。
 背景には、大前提として不況や経済社会構造の大きな変化があるのはもちろんですが、自分の能力を適性に自己評価しないで高望みしているということも大いにあると思います。

 一般のこの状況を考えると、日常のコミュニケーションに支障の出るくらいのどもりを持った若者(大学や高校・専門学校既卒や私のように卒業後数年の引きこもりを経て就職に望む人を含む)が、どのような立場におかれているかは容易に想像がつきます。

 電話がまともにかけられなかったり社内や社外ではきはきと会話ができない(かつての私です)ような人が一般的な企業の就職活動に望むには、最初からかなり絶望的な闘いとなります。

 このようなどもりという現実を抱えながら就職・転職活動に臨んでいる人には経験者としてエールを送るとともに、場合によっては考え方や生き方をを大きく変えて、就社ではなく、「就業」という観点から仕事や人生について見直していく必要があるのではないかとも言いたいのです。

 そして、そういう生き方をしていくには、両親や学校の就職課、ハローワーク、仲の良い友達(親友)などのバックアップが是非とも必要となります。

 これらがない状態である程度以上の重さのどもりを持ちながらひとりぼっちで就職・転職活動をしていくと、こころの負担の大きさにうつ状態そしてうつ病へと進行してしまうこともまれではないでしょう。
*現実にはそれなりの人数の、そういう状態におかれている人がいると思われます。

 そのようにならないようにするためには、吃音者本人、バックアップする側、ともに、「いまの世の中の現実的な動き」を十分に踏まえてプラクティカル(現実的)な対処をする必要があります。

★吃音者本人は、自分を守ることを第一に考える。
 現在の日本におけるどもりを持った人に対する公的サポートは実に貧弱で頼りないものです。特に思春期以降については実質的には公的なサポートはない状況はここ何十年の間全く変わっていません。
 以前、ネット上で質問を受けたどもりで困っている人のために、言語聴覚士の団体に「どもりに詳しい、熱心に取り組んでおられる言語聴覚士や病院を紹介していただけますか?」と聞いたことがありますが答えは返ってきませんでした。
*個人情報や会の規約の関係があるのかもしれませんが・・・

 厳しい言い方ですが、「自分で自分の身を守ること」を覚悟しましょう。

★自分のどもりをバックアップしてくれる人や施設を見極めること。
 自分がどもりで悩んでいることを心から理解してくれる人をひとりでも良いので確保することは大きな安心を与えてくれます。
逆に言えばそうでない人を自分のまわりから排除していくことも必要です。

 こころを守ってくれる手伝いをしてくれる精神科医、言葉の専門家である言語聴覚士もまさに玉石混淆の状態ですが「自分にとっての良い人」をみつけてください。
また、吃音者のセルヘルプグループも有効に活用しましょう。
*子供の場合はたいへんでしょうが、子供の頃から孤独で戦わなければならない場合も多いと思います。

★インターネットという良い道具があります。
 インチキな情報はよく読めば分かるはずです。そんなものには目も触れずに良い情報を真剣に探してこちらからアクティブに接触し活動しましょう。
*セルフヘルプグループの仲間うちで「インチキ情報」について情報を交換し合えば安全性が増します。

人(他人)に説明できない吃音者の想いについて(再掲載一部改編:2015年3月6日)

 第三者が見た場合に同じようなどもりの重さや症状に見えても、吃音者を囲むいろいろな環境(家庭環境、学校の環境、職場の環境)の違いにより、吃音者の心のなか、その想いは大きく違う場合がしばしばで、吃音者の人生に影を落としていきます。

 何を言いたいかというと・・・、
こどもから大人までの吃音者には、なかなか言葉では表現できないような「孤独感」を持っている方が多いのです。
 それは、自分の想いや気持ちを、家族や友人、同僚、恋人、配偶者、ときには同じ吃音者にさえも分かってもらえないことの「焦り」であったり、「あきらめ」、「怒り」もあるかもしれません。

 例えば、「学校の授業中に指名されるかもしれないという恐怖感の質や量」について考えてみても・・・
それぞれの症状・重さの違い、いままでのどもりでの失敗の経験の積み重ねによる違い、
 また、学校のクラスの雰囲気・職場の雰囲気の違いにより、吃音者本人に襲いかかってくる恐怖心の量や質は大きく違ってくるでしょう。

 仕事で、顧客に電話をする、社内電話をしたり、難しい交渉をする、ときも同じようなことが言えます。(民間企業と公務員の違い、会社の規模の違いも影響してきます)

 いまの自分が置かれているどもることによる緊張感や恐怖心を他人と(家族や友人とでも)なかなか共有できないことが、吃音者の孤独につながってきます。

 そして、ときには、心安まるはずの吃音者の集まりでも・・・、
(悪意はないにしても)、誰かの、自分の経験値や思い込みで「こうすれば良い」「こうできるはずだ」などの意見やアドバイスに、心を傷つけられることが往々にしてあり、孤独感を余計に感じてしまうのです。

吃音:期待と現実

 子供の頃から、ある程度以上の重さのどもりで日常生活や学校生活・仕事において、その人なりの困難さを抱えながら生きている人にとって、「どもり」は仕方なくでも付き合わなければいけない障害です。

 朝起きていちばんの「おはよう」の「お」が出ずに、「今日もうまくいかないな」と感じるときが、今日一日のどもりとの付き合いのはじまりになります。

 また、今日は調子よく言葉が出るな・・・という日もありますが、
 今日は調子が良いがそのうち悪くなるだろうなという予感も感じていました。
*次の日に発表などのどもりそうなイベントがあることがわかっている場合には、前の日からよく眠れずに新しい日を迎えているかもしれません。
*もちろん常に大きくどもる人もいます。どもりは人それぞれです。

 2~3歳からどもりだして小学校2~3年くらいからはどもりを強く意識して、その後悩んできた私は・・・、
あるときは比較的調子の良い自分の言葉を感じ「これならそのうち治るかな?」と期待し、また、数日後には、授業中に指名されて大きくどもってしまったり、言葉がなかなか出ずに立ちんぼしているときには、「これから先、自分はどうなるんだろう!」と大きな不安につぶされそうになり、その繰り返しの少年時代・思春期でした。

 それでも学校は、どもりではクビにはなりません。
*陰湿ないじめに遇えば大変なことになる危険性は常にあります。いじめによる自殺の報道は絶えることがありません。
*子供でもスマホを持ちLINEなどのSNSをあたりまえにしているいま、見えないところでのいじめも多いでしょう。

 しかし、なんといっても、どもり持ちの最大の難関は就職(就業)です。
 他人のなかで、大小様々な組織の中で・・・、自分を主張し、しっかり・はっきりと言葉で伝えて競争のなかで生きていくというサラリーマンではあたりまえなことが、きわめて不得意なのが吃音者なのです。
*高度成長が遠い昔話となったいまの日本では、真面目に・人並みにやっていればなんとかなる、などどという状況ではないことは、皆さんおわかりのことと思います。

 私の生まれる前(高度成長前半の昭和30年代前半くらいまでの)の日本ならば、サラリーマンにならなくても(都市部でも)自分の家の仕事(商店などの自営業)を継いで生きていく方法もありましたが、いまではそういう選択は現実的ではありません。じり貧に追い詰められるだけです。
 また、いまでも、地方で安定した農家に生まれるような幸運なことがあれば、どもりを抱えていても、いままでの人間関係のなかで仕事をして穏やかに生きていくことができると思います。
*しかし、家族のなかで仕事をするという別の意味の息苦しさはあるでしょう。

 いままで書いてきたような吃音者を取り巻く現実をしっかりと見直したうえで、
★どもりだした小さな子供に対する、また、親に対する公的な支援体制(カウンセリング・治療)をどのように構築していくべきか?(市役所・保健所・医師・カウンセラーなど)
★小学校以降のどもりを持ったこどもに対する指導をどのような形で行なっていくべきか(土曜、日曜、休日、放課後を含めた、専門領域を履修した教師、言語聴覚士、精神科医、臨床心理士などによる継続的なサポートの構築と、どもりの子供同士が日常的に触れあえるサロン的な環境の構築)
★事実上公的サポートのなくなる高校生以上の吃音者に対して、進学や就職という難関を前にして、また、今どきのいじめ問題にも対処できるような、公的サポート・カウンセリング体制をどうやって構築していくべきか?

このあたりを考えていくべきと思います。

吃音:(結果として)うまくいくときも、うまくいかないときもある。でも、吃音を持ちながらの人生は耐えがたいことが多い。

 日常生活のコミュニケーションにも影響の出るようなある程度以上の重さのどもりを持った人(子供~大人)、または、傍からみてわからないくらいの軽いどもりでも、自殺を意識するほど(密かに)深刻なまでに悩んでいる場合・・・、
「どもること」を原因として、吃音者は子供の頃から実にいろいろな試練に遇います。

 例えば、学校(場合によっては幼稚園から)や職場で・・・、
 同級生や先生・同僚や上司からの陰湿なからかいやいじめ・パワハラ、
 就職や転職がなかなかできない、
 やっと入った職場での仕事に大きな支障が出る、などです。

 家庭においても、子供の頃から、どもりの悩みを家族に理解してもらえないこともあいまって次第にうつ状態となり・・・、学校や職場を休みがちになりついには引きこもりになることは、決してまれなことではありません。

 また、子供の頃から親にさえどもりの苦しみを理解してもらえなかったことや、それどころか、どもるたびに注意されたり怒られたりしたことから親に対する恨みの感情が芽生えてきて、成人してからもその感情が消えるどころか大きくなり、コントロールすることができずに(自分を責めて)苦しむこともよくあります。
*このブログ宛てに未公開の形で、そのような複雑な想いを送られてくることもあります。

 そのような状況に置かれているときに吃音者である我々が注意しなければいけないことは、
 ひとりでどもりについて考えるときも、セルフヘルプグループなどの集まりで話し合うときなども、「どもりながらも・・・結果的にうまくいった。」というケースのみを話し合ったり参考にしない、考えないことです。

 どもっている人が・・・「何々ができた」、「何かになれた」「何々を達成した」という話ばかりをしない、考えないことです。
*現実は努力してもうまくいかないことも多いのです。

 吃音者ごとに、重さや症状はもちろん、育った環境・いま生きている環境が違います。

 人生に支障が出るようなある程度以上の重さのどもりを持っていてもなんとか生きていけるように、身近に理解してくれる人がひとりでもいてくれる場合もあれば、近くに理解者がいなくて、ひとりで厳しい現実と戦っている場合もあります。
*吃音の実態を調査するのであれば、最低でも数百人、できれば千人規模、それも様々な年齢層、男女、職業も様々の、しっかりとした調査をしてほしいものです。

 どもりは、21世紀初頭の現在でも、原因もわからず、したがって確実な治療法もリハビリ方法もありません。

 どもりながらもうまくいく場合もあれば、うまくいかない場合もあります。「うまくいかないのは努力しないからだ!」などと決めつけないでください。
*現実は(軽い場合を除いて)、「どもったままでも、それを受け入れて生きていける」ほど甘くありませんし、その傾向はますます強まっていくでしょう。そういうアドバイスはかえって現実を生きる吃音者を苦しめることがほとんどでしょう。

 吃音者は100人いればそのどもりは百様です。どもりを持った人のバックグラウンドも百様です。
 悪い方向にも楽観的な方向にも偏った考え方をせずに、現実を踏まえて柔軟に生きていきましょう。

吃音:新年度のはじまりの時期に(再掲載一部改編:2012年4月2日)

 新年度の4月になり少し過ぎました。
 ただでさえ緊張して迎える新年度。
いろいろとつらい立場になったり、精神的に追い詰められているどもりを持った方が多くいらっしゃることと思います。

 私も就職できずに引きこもってしまったこの時期のことを屈辱感とともに鮮明に思い出します。
*この場合のどもりとは、日常生活(家庭内、学校、職場)のコミュニケーションにおいても支障が出るくらいの重さ・症状のどもりを指します。
*傍からは軽く見えても自分の人生に支障が出ていれば、それは重いどもりです。

★どもりの不安を持ったまま進級・進学した(できた)小・中・高校・専門・大学(院)生
★どもりをもちながらも自力でなんとか就職(就業)した(できた)新社会人
★コネをつかってでも、なんとか就職した(できた)新社会人
★結局どもりで就職できなかった(しなかった)人
★いろいろあった末に、結果として引きこもりか、引きこもりに近い状態や不登校、出社できない状態に陥っている人(小・中・高校・大学生、社会人、他)
★どもりを原因としていままでの仕事をやめることとなり失業中の人

 実にいろいろな立場に分かれてきます。
 さらには、経済的環境が恵まれているかどうか?、家族がどもりの苦しみに理解があるかどうか?によっても大きく変わって来ます。
 もちろん、どもりの重さの違いということは決定的に大きな要因です。

 事態が深刻な方ほど、孤独にならないことが重要です。
 家族、友人などにどもりで悩んでいることを隠さず話せることができれば良いのですが、そういう人がいない場合には、精神科医、臨床心理士などの心の専門家にかかって話を聞いてもらいましょう。
それだけでもだいぶ楽になりますし、もしもうつ的な症状が出ていれば投薬もしてもらえます。
*精神・神経科の病院にかかるコツは、個人病院よりも先生が複数いる中規模以上の病院が良いです。
*NHKが運営しているサイト「うつサポート情報室」がいろいろと参考になります。病院が見つからない場合は、全国の精神保健福祉センターに相談すれば良いのではと思います。

 すこし落ち着いたら、どもりのセルフヘルプグループの門たたき同じ悩みを持つ仲間を見つけて語り合いましょう。
そのなかで特に気の合う人を見つけて一緒に頑張ることもできます。

 心を落ち着かせてから、次のステップの進めば良いのです。どうか、腐らずに、少しずつ頑張ってください。
 日本中に、まだ見ぬ同じ悩みを持った仲間がいます。
それぞれにもがき苦しみながらも今日を生き抜こうとしています。

吃音:新学期を迎えた子供は(再掲載一部改編:初掲載は2012年4月9日)

 私は、いまごろの時期(3月から4月、特に桜の咲く時期)にはあまり良い思い出がありません。

★先生も替わるしクラスメイトも変わるので、また自己紹介をしなければいけない。

★健康診断では自分の名前を言わなければいけない。
(出席番号1番でクラスで最初に名前を聞かれる!)

★授業中にどもってしまい、新しい先生に「君どもりだね」という顔をされる。私のことを知らない新しいクラスメイトからは笑われる。

★高校受験では自分の名前がなかなか言えないような面接がイヤなので、面接のない公立高校一本で受験した。

★そして、大卒後の就職失敗とひきこもり

 いまの、小学生から高校生くらい、大学や専門学校で就職前後のどもりを持った皆さんはどうなのでしょうか?

★どもりで悩んだ末に不登校や引きこもり、うつ病などのこころの病気にならないように、気軽に相談できるカウンセラーや臨床心理士、精神科医などが身近にいますか?
*これは先進国の日本としては完備されていてあたりまえなのですが整っていません。

★自分のどもりの悩みを包み隠さず話せる親友も(ひとりでよいので)必要です。
*(言友会「げんゆうかい」に代表される)どもりのセルフヘルプグループなどにも参加して、どもりという同じ障害を持つ同じ世代の友をぜひ見つけてください。

吃音:3月、卒業の季節になると(再掲載一部改編:2015年3月15日)

 3月は卒業の時期です。
 道ばたで卒業式を終えた子供達を見かける時期です。

 どもりを持っている私はこの時期になると、子供の頃からのどもりにまつわるいろいろなことを思い出します。

 いちばんに思い出されるのは、「挨拶」や「返事」のことです。
 卒業証書をもらうにしても、名前を言われた直後に「はい!」と返事をしなくてはなりません。
*学校によっては壇上で、ひとりひとり何かメッセージを大きな声で言うようなこともあるらしいですが、私がその立場だったら卒業式は間違いなくずる休みでした。

 これが不安なんですね。「果たして言えるのだろうか?」「タイミング良く出てくるかどうか?」
*日常の出席を取るときもそうですが、この短い「はい」や自分の名前が出るかどうかをどの程度まで悩んでいるか? そして、実際、言葉が出ないことがあるかなどで、その人のどもりの重さや精神面の深刻度が測れるような気もします。
*何の因果か、どもりを持っている少年が生徒会長になってしまい、式典の壇上で言葉が出てこずとても恥ずかしい思いをし、その後も深刻なトラウマになっているということを聴いたことがあります。

 今年も今の時期、こんなことでひとり悩み、夜も眠れずにどうにかなってしまいそうな子供がいることでしょう。

 そんなときは間違っても、「死んでしまおう」なんて思わないでください。
迷わず「ずる休み」をしてください。
*ほんとうは子供が通っていることばの教室では、そのあたりまでしっかりとサポートできていないといけません。ことばの教室の先生と担任や親御さんとのやりとりはしっかりとできているのでしょうか?

吃音(ある程度より重い)で、授業中にふるえている少年少女や、就職を控え不安でいっぱいの人の心をなえさせないために(再掲載一部改編:初掲載は2010年7月13日)

 日本人は、(自分もそうですが)、今でもなお、がんばることが好きです。努力家です。
 今の時期(時代)に書くと否定的に聞こえるかもしれませんが、人生においてがんばることは大切で、昨日の自分よりも今日の自分は少しでも前に進もうという気持ちがないと、多くの場合人生が停滞してしまうでしょう。
*例外が福祉の領域だと思います。心や体に重い障害を持っている人に、障害を持っている部分で必要以上に「がんばることを求める」ことはもってのほかです。その人なりの得意分野で無理のないように徐々に社会参加ができるようにサポートすることが、国や自治体、そして近くにいる人たちの使命ではないでしょうか。

 さて、いつも書いているように、どもりには重いどもりと軽いどもりがあります。
 比較的軽いどもりの場合には、(そして、吃音者と家族やサポートする側とで相互に信頼関係がある場合は)、場合によってはあえて叱咤激励することにより「最初の一歩」を踏み出せるように手伝うことも考えられますが、重いどもりの場合にはそれが全く逆に作用することが多いでしょう。

 耐え難いようなどもりの悩みをを抱えながらも、こころの面、言語面において満足するサポートが得られないことが多い日本においては、孤立無援の状態で、無理をしてでも学校に通ったり就職活動もせざるを得ないのが現状です。
*本当にしんどい場合には無理をしようとしても足が向かなくなりますが、そこまで我慢したらたいていはうつ病などの心の病気になってしまいます。心の病気になると多くの時間を病気との闘いのためにとられてしまいますし、回復にはかなりの時間がかかります。

 いまは、世の中のいろいろな場面で「いきなりに限度を超えてしまって破滅的な結果に終わる場合」が多いようです。
 TVのニュースなどでは、毎日のように家族や会社内の人間関係からの凄惨な殺人などが報道されますが、以前だったら破壊的な結果になる前にご近所や親戚など近くの人が助けてくれたりなどの最低限の「安全装置」がありました。
いまは、それもなくなってきました。いきなり極端なことに至ってしまうのです。

 どもりについても、以前の日本では、学校を出てもどもりでなかなか就職ができなかったら、ご近所や親戚の紹介で就職することもできたでしょうし、都市近郊でも、いわゆる会社員のほかにも農業に従事したり家業を継ぐなどの方法もあり、それで生きていくことができました。

 しかし、今ではそういう選択肢もなくなってきました。
 たとえ、あったとしても「ジリ貧」になってしまいます。食べていけないのです。

 家族や友人間のコミュニケーションの量が減り質も落ちているので、どもりで本当に困っている人の苦しみや孤独感がまわりに伝わらないことが多く、精神的に追い詰められることが多いのではないかと思います。
*スマホなどでの見かけ上のコミュニケーションの量は飛躍的に増えているでしょうが、たわいのないやりとりばかりで、「他人にはなかなか言えないようなことをざっくばらんに話せるというレベルのコミュニケーションや人間関係」が減っているのです。

 いまこのときにも「自殺」することばかり考えているような、深刻に悩んでいる吃音者がどれくらいいるでしょうか?
 サポートする側は、悩んでいる人ほど孤独になるということを考えた上で動かなくてはいけません。

 ではどうすればよいでしょうか?
 吃音者がどもりのために自暴自棄になってしまうまえに、まわりの人ができることは・・・、

★身近にいるどもりを持っている人が、「もしかしたら、思い詰めていて自殺を考えるほど悩んでいるかもしれない」と考えてみること。
★進学、就職などの人生の節目においては特に、どもりを持っている人は100%悩んでいるという前提のもとに動くこと。

 まわりにいる人ができることは、「まずは、ひたすら吃音者の言葉を傾聴することにより信頼関係を築くこと」「そして共感すること」
「(信頼関係を築いた上で)、どうすれば良いかを一緒に考えること」です。

*どもりを原因としたうつ病経験者でもある私としては、うつにも同じような考え方ができるのではないかと思います。
 日本のうつ病に対する体制、短い診療時間と安易な薬の投与ではなかなか治らない。バブル崩壊以降、国民病といわれているうつ病に対する日本の取り組みの問題点がTV、新聞、雑誌等でたびたび取り上げられているにもかかわらず、一向に改善される気配すらないのには怒りすら覚えます。