吃音による苦労の連続でこころがクサらないようにするには(再掲載一部改編:初掲載は2009年4月16日)

 日常生活や学校生活・職場での仕事に明らかな影響が出るような重さのどもりを持ちながら人生を送っている人の苦労・苦悩は半端なものではありません。
 また、傍から見て気がつきにくいような軽いどもりでも、本人のこころのなかでは常にぎりぎりの状態で生きづらい場合もよくあります。周りの人が気がつかない分、本人のこころは追い込まれていて、自殺すら考えている場合もまれではありません。

 どもりによる困難が大きければ大きいほど、多ければ多いほど、
 そして、家族の理解(関心)がなかったり、どもる度に笑われたり執拗に注意されるような劣悪な環境(これが結構多いのです)にいればなおさらですが、一生懸命に誠実に生きようとしてもこころがクサッてしまいます。
 一生懸命に生きようとすればするほど心がとげとげして「クサッて」しまうのかもしれません。

 そんなことにならないように、
 また、すでになっている場合には、どのようしたら自暴自棄にならずに、すこしづつでもよい方向に進めるかを考えます。

★なんでも話せる親友をもつ
 ひとりでよいのです。ケータイやスマホに登録されている見かけ上の友達の数がいくら多くても意味がありません。ひとりで良いのでなんでも話せる本当の友達(親友)をつくることです。
 といっても、「人つきあいが苦手なので私は無理」と思われているかもしれませんね。
そんなときにはどもりのセルフヘルプグループに参加してみたらいかがでしょうか。

★自分の「現実」をありのままに受け止めて冷静に分析する。そして、動き出す。
 子供の頃から自分がどもること大きく悩んできたこと、生活に大きな支障が出てきたことなどを自分のこころのなかで正直にみとめることです。
 必要以上に無理をしないで、信頼できる人の前では素直に弱音をはくことです。
*弱音をはける環境(友人を作る・場所を作る)を自分で工夫して作る。

 時には傷ついたこころを癒やしたり、人生を考える旅(旅行ではありません)をするのも良いでしょうし、お金とヒマがないのならば自宅で座禅や瞑想の時を持つのも良いでしょう。
*それによってすぐに治ったり軽くなるというものではありません。あくまでも自分のありのままと正対するということです。
 自分のありのままを見つめることがなかなかできない場合には、精神科医や臨床心理士などの力も借りてみましょう。

★現実(働いて、生きていくのに十分なお金を稼ぐこと)を生きていくために必要と自分で判断した場合には、
 例えば、どもりの症状を軽くするためにできる限りの努力をするということも、その結果はともかく、その過程でのいろいろな出来事などからも得るものはあるでしょう。(人生は試行錯誤のくりかえしですから)

 どもることにより、こころを病むことがないように予防措置をとることも必要です。
 心が壊れると体の病気よりも治すのに時間がかかりますし非常に厄介ですので、早めに精神科医や臨床心理士にかかることです。

★自分の行為が他者から認められ満足感に浸れる機会を増やす工夫をしたり、ことばで勝負しなくても活躍できる場を持つ。
 理想は、学校や職場や家庭内で行なっている何らかの行為が一部でも認められることにより生きている満足感を得られることですが、そういう場がない場合にはボランティアなどを通しても実現できます。
 これにより、吃音者が陥りがちな「自己不一致」に陥るのを予防できるでしょう。

 どんな厳しい状態に自分がいても、今の自分こそが「本当の自分」で「ここから歩き始めれば良い」ということを実感できる・分かるということが大切だと思います。
*いずれにせよ自分のことを話せるほんとうの友人が必要です。

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