吃音:柔軟性を持って生きていく(再掲載一部改編:初掲載は2015年6月18日、19日)

その1(現状)
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 今回は、どもりを持った人が「いままでの常識的な生き方」にとらわれて結果的に人生につまずいたり追い込まれていくのではなくて、社会情勢の変化(仕事など)を考えながら、大いに柔軟性を持って生きていくことにより、
「どもりのみにとらわれた苦しい人生から、少しでも自分らしく幸せが感じられるように生きていくには」という観点で書いてみます。

まずは、現状について・・・
★家庭では
 子供の頃からのどもりの苦しみ・苦労を家族に理解されないなかで、家庭のなかでも精神的に孤立していることが多い吃音者。(しかも、孤立していることすら理解されません)
「どもることくらいで・・・、甘えている」
「もっと苦労している人はいくらでもいる」
「どもるといってもたいしたことはない、気にするな」
 普通の家族の反応はこんなものでしょう。

★学校では(幼稚園・小・中・高校、大学(院)、専門学校)
 授業中はもちろん友達と話すときでさえ「どもりはしないか」という恐怖心に耐えながらの学校生活です。

(どもりが比較的軽い場合は)
 休み時間の何気ない会話はなんとかこなせるが、「人前で自分の名前を言う」「授業中に発表する」「本をひとりで読まされる」ときなどには・・・、
★ことばがなかなか出てこない
★どもり特有の繰り返しの発音
 になってしまいます。

 大きくどもって失敗した(笑われた、からかわれた)記憶がこびりついていて、
「次に発することばも出てこないのでは?」「どもってしまうのでは?」 
 という恐怖心に毎日さいなまれている。

 「学校に行きたくない・・・」、最近休みがちになってきた。
*クラスメイトから陰湿ないじめ受けている、場合によっては先生からもからかいを受けているということもあります。

★就職時・就職後の職場では
 学生時代はどもりでいくら悩んでもそれで学校をクビになることはありませんが、仕事の世界は違います。もうけてナンボ、の世界です。
*この意味では民間企業よりも地方公務員などの方が楽なことは確かでしょう。
*学生時代にアルバイトをしようとする時点で、電話での問い合わせができない、面接で落ちて採用されない、などの経験をすることもありますし、そもそも、電話がかけられないのでアルバイトに応募すらできないことも多いのです。ネット申し込みでも結果は同じです。(このあたりは、どもりの重さの違いにより大きく違ってきます)

 就職活動の時点で、当たり前のように電話もかけるし自己紹介もします。
当然、明るくハキハキとしたしゃべりが求められます。
子供の頃から逃げてきた人前や電話で話すことに否応なく直面します。
*どもりの重さの違いにより就職活動の困難さはかなり大きく変わってきます。
(どもりの重さは第三者から見た客観的な重さだけでは計れません。ほとんどどもらないように見えても特定のことばが言えないなど深く悩んでいる例はいくらでもあります。)

 日本には職業選択の自由があり、(事務系や営業系などの)話すことがメインの仕事でなくても、ことばを多用しない職種もいくらでもあります。
 しかし、たとえば、都会のサラリーマンの子供がいきなり農林水産業に就くにはハードルが高いのが現実です。
*郊外にある農業法人への就職なども、これからは考えるべきでしょう。

 実力者のコネで企業(ことばを当たり前のように言う事務や営業系)に入ったり、比較的軽い吃音者が面接時にたまたまことばの調子が良くて採用されてしまった場合は、仕事を始めてからの苦労はたいへんなものとなり、こころに大きな傷を負うこともあります。

 次回は、柔軟性を持った生き方に変えていく方法を書きます。

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その2(生き方に柔軟性を持たせる)

 前回から続きます。
 ある程度より重いどもりを持っていて、日常生活に支障が出ている。
*いつも書いていることですが、第三者からみてわからないくらいの軽いどもりでも、本人は自殺を考えるほど悩んでいることも多いので注意が必要です。

 そのような人たちが前回書いたような状況下でどもりに悩み、場合によっては人生を立ち止まらなくてはいけない状況になるのです。
 うつ病などのこころの病気になったり、学校や会社に行けなくなりひきこもりになってしまうなどの、文字どおり苦しい立場に追い込まれることもまれではありません。

★柔軟性を持った生き方を
 前回書いたように、学校は吃音者にとっては苦しいだけの場所となり得ます。

 陰湿ないじめを受けている、からかわれているのに、いまの学校はそれを我慢してまで無理をして通うところでしょうか?
 いじめで悩んで自殺したり、心の病になってからでは遅いのです。

 いまの学校はどもりで悩んでいる、いじめで悩んでいる子供に対して有効なサポートを提供できているでしょうか?

 スクールカウンセラーが常駐し子供のほうからカウンセラーに相談しやすい状況があり、
スクールカウンセラーにはスーパーバイザーがいて的確なサポートを受けながら子供のサポートができる。
 また、スクールソーシャルワーカーも常駐か常駐に近い形で子供と先生(学校)、そして場合によっては他の公的機関と連絡を取りながら良い方向に持っていけるような環境があるかどうか?
 先進国の日本?ならばあたりまえにととのっていても良さそうですが、いまの日本では、まだ夢の世界ではないでしょうか?

 私が、もしも、今の時代に生きる少年で、このような情報に接することができれば(家族の理解があればの話ですが)、普通の学校に行かずに、別の方法で上の学校に行くための資格を取ったかもしれません。(人生が変わっていたと思います)

 いまでは・・・、フリースクールに通う、大検で上の学校に通うための資格を取る(そのための予備校)、通信制の学校に通うなど、多様な方法が私の頃よりかはだいぶ整ってきたように思います。
*報道によれば、フリースクールでの学びを正式に認めようとする動きも出てきたようですね。
*家族の理解がなければ、自分で公的施設に相談に行ってでも家族にどもりの苦しさをわかってもらうように働きかけることが必要です。

 仕事についても同様です。
 仕事上のことば(どもり)に起因する問題で、針のむしろのような環境で我慢することが、その人の人生にどれほどプラスになるでしょうか?

 当たり前のように電話をかける、顧客と交渉をする、大勢の前でビジネス上のプレゼンをする、顧客からの厳しいクレームに対処するなどの、事務職・営業職にとってはあたりまえの日常は、ある程度以上の重さの吃音者にとっては、明らかに無理があります。
*それでもかつての日本のように定年まで働けるような環境があれば我慢のしがいがありますが、一部の企業や公務員を除いてはそれは(事実上)ありません。

 いまでは職業はかなり多様化してきました。
 学校の就職課には求人は来ていないかもしれませんが、NPO、NGO、いろいろな福祉や医療の領域の仕事もあります。
 体を動かすのがメインの農林水産業(法人化されたもの)などに就くという選択肢もあります。
 いままでは都会育ちの若者には遠い存在でしたが、農業法人もありますし、自治体も地方活性化対策で経験やコネのない人たちでもそれらの仕事に就けるように様々な工夫をしつつあります。

 問題は、それらの情報がどもりで悩んでいる小・中・高校生・大学生に伝わらずに選択肢になり得ていないことと、どもりの子供をサポートする先生やその他専門家、親御さんがそこまでの柔軟な考えを持てないこと、どもりに対する正確な知識と情報を持っていないことだと思います。
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