吃音の重さの違いと人生観の違いについて(再掲載一部改編:2011年5月5日)

 重いどもりを持っている人と軽いどもりを持っている人とでは、そのどもりが人生に与える影響が天と地ほどの差があることはいつも書いています。
重いどもりほど、人生の節目(たとえば進学、就職)を迎えるときにたいへん大きな障害になることは間違いありません。
*一方、傍から見て軽く見えるどもりでも本人は自殺を意識するほど悩んでいることも珍しいことではありません。

 この問題に対しては・・・、
第二次大戦前からある民間のどもり矯正所の教え方がそうであったように、呼吸法など東洋的な伝統的技法による言語訓練や禅を基調としたような精神的な鍛錬によりどもりを軽減させたり治そうとする考え方と、
1960年代以降のアメリカの心理学がベースになっていると思いますが、いまのままでよい、どもったままで生きていこう、という考え方もあります。
 これらはどちらかが絶対的に正しいとうことではないと思います。

 どもりについては、置かれた立場(重さ・症状の違い、置かれている環境の違い)の違いにより考え方が大きく違ってきますし、
同じ吃音者でも、あるときは強く治そうと思ったかと思うと、またあるときは治すことにこだわらなくても良いのではないか?と考えることもあるでしょう。

1、子供の頃から重いどもりを持っていて、何気ない会話においてもコミュニケーションに大きな支障があり、授業中に指名されても発表ができない、教科書を音読することができない、言葉を使う仕事に大きな支障が出る人。

2、子供の頃までは(それなりに)重いどもりだったが、大人になるまでに結果的に自然に治癒した人。

3、季節や体調(こころ、からだ)の変化により症状が変化すす場合。
日常会話にも大きな影響を及ぼすような重いどもりになったかと思うと、これが同じ人かと思うほど流暢に話せるような人

4、日常会話はもちろん学校や職場においても、どもることによりコミュニケーションに支障が出ることがほとんどないかごく軽い人
*しかし、特定の言葉や状況下では突然大きくどもるような方がいます。

 上に、仮に4通りのモデルケースを書きました。
 これら、それぞれ違う症状や環境に置かれた方たちが、どもることやどもりを持ちながら生きていくことに対して同じ考え方を持つことはないでしょう。
*同じ「吃音者」でもお互いに、重さや症状、どもりに対する考え方がそれぞれ大きく違うということをきちんと知ることはとても大切なことです。そういう意味においてもセルフヘルプグループの存在は必要です。

 それらを踏まえた上で、プラクティカルに吃音問題に対する対策を進めていくために以下のことが必要と思います。

★長期に及ぶ、医学 教育学、心理学による本格的な吃音の原因と治療法の研究

★対症療法的ですが、どもりがこれ以上重くならないために、また、いまの環境(学校、職場)になんとか適応して生きていけるように、
(本人の希望があれば)高度な専門性と豊富な経験を持つ専門家により、ことばのリハビリテーションや心のケア(家族を含めて)を気軽に受けることができるようにすること。

★吃音者が孤立無援にならずに、日常生活はもちろん進学や就職もできるだけスムーズに出来充実した人生が送れるように、国や自治体の福祉政策としてしっかりとしたサポートをする。

参考:吃音:子供の頃から将来の職業を意識した育て方を!(2012年6月6日)

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