吃音者とそれぞれの人生観、治療観(再掲載一部改編:2012年2月13日)

 さまざまな環境で多様な症状や重さのどもりを持っているが人が、
「どもりを治したい」
「どもりをもったままこのままで生きていこう」
「どもりを少しでも軽くしたい」
 などと、いろいろな感情を持ちながら生きています。

 どもりに対する想いは長い人生の中で、「時間の経過」、「周りの環境(精神的・経済的)の変化」、「どもりの症状の変化」などによっても、いままで思っていたこととは正反対のものになることも当たり前のようにあります。

 たとえば、自我が確立していない子供の場合、
 小学校に通い出して自分のどもりが日常生活や学校生活に明らかな支障があることを感じ始めた頃は、あたりまえですが「治したい」と強烈に思うでしょう。

 その頃の子供に、「どもりを持ったままの人生を哲学」を説いたところで、大人の説明や経験談のなかに置かれればその場ではわかったような気持ちになるかもしれませんし、大人に気をつかって「わかったようなふり」をするかもしれません。

 しかし現実は、次の日からまた同じような日常生活や学校生活が始まるのです。
*どもりを意識しないで生きられるような、どもったままでも大きなストレスなく生きていけるような「配慮された環境」が提供されれば話は別ですが、現実はむしろ子供にとってはつらいような逆の方向に向かっています。

 要は、素直に悩める環境の必要性です。そしてバックアップがあることです。
その人が、その環境下でそのときに、こうしたい、という感情を大切にすることです。
 周りの人は、その人が「治したい」のだったら、いまわかっている最先端の正確な情報を提供して、「治す」ことに最大限協力することです。
*といっても、どもりの原因すらわかっていないいま、確実な治療法はなく、できることは限られているのが現実です。

 結果は、それなりに出てきます。
 多少でも軽くなる場合もあれば、全く変わらないか、または、かえって心が傷ついてしまうこともあるでしょう。

 その結果を自分で受け止めて、それぞれの生き方で次にステップに進んでいけるように、バックアップがあることです。

*それは、たとえば、過度に心理的に落ち込んだりしないための心理的なカウンセリングもあるでしょうし、いまのどもりの状態で無理なく働けるような領域に進むための職業相談や訓練もあります。

*悩みをなんでも話せる仲間の存在も大きなものです。(どもりのセルフヘルプグループへの参加もひとつの有効な方法です。)

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