吃音者が「普通に生きる」という呪縛から開放されること(再掲載一部改編:2007年4月6日)

今回は、軽いどもりの話ではありません。
*ここで言う軽いどもりとは、「言い換えで対応すればなんとかなる」、「電話や日常会話で仕事や学校の授業の進行に影響を及ぼすような破壊的などもり方をしない」というレベルのどもりをさしています。 「悩んではいるが、なんとか日常のオフィスワークはほぼどもらないで人並みにこなせる」、つまり、どもりで首にならないか、どもりで会社の業務の流れに支障が出て自らやめざるを得ないまでの状況にない方の話です。しかし、こんな状況でも、こころのなかは常に崖っぷちで「自殺したい」という思いがあったり、うつ病などの心の病気になってしまうまで追い込まれている場合もあります。このような場合は重いどもりです。

 さて、吃音者は、一生懸命にどもらない人に近づこうとします。
あたりまえです。どもりは実に不便な障害ですから。そして、とてもかっこ悪い!

 たとえば電話をかけるとき。
 こちらがしどろもどろのひとり芝居を続けている間、相手がふきだしているのが(またはそれを我慢しているのが)受話器から聞こえる 。
*それでも、用件が済ませれば良いほうです。

 授業中に指名されても・・・、(ほんとうは読めない漢字もないし、わからない単語もないし、数式の意味もわかっているのに)、
最初の言葉が出てこない(のがわかっている)ので、または大きくどもって笑われるのがいやなので、「わかりません」で済ませてしまう。(「わかりません」という言葉も出てこない。)

 でも、このようなどもりのことばかりとらわれて、
「なんとか普通になりたい、どもらない人のように普通のしゃべりたい」ということばかり考えていると、ますます、しゃべる前の不安(予期不安)が増大してきます。

 このような人生を続けていると、うつ病などの心の病気になる可能性が大きくなることは専門家でなくてもわかります。
*現実には、残念ながら、こんな状況に陥っている方が大勢いらっしゃるはずです。

 こんな方ほど、「どもらずに普通に生きる「どもりが治れば、治りさえすれば」)という考えかたの呪縛から開放されないと本当に大変なことになってしまいます。
 悪いことに、我慢強く努力家の方ほど、結果的にぎりぎりまで追い詰められてしまいがちです。
 まわりにいる人たちも、「もう、そんなにがんばらなくていいんだよ!」と言ってあげてほしいです。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中