吃音:ひきこもりから就職へ その1(再掲載一部改編:初掲載は2009年7月14日)、その2(再掲載一部改編:初掲載は2015年5月27日)

 テレビで放映される引きこもりを扱った番組では、たいてい、親が引きこもりの子供のことで困って苦労して右往左往している様子が映し出されます。
 映像的には、「親がいろいろと悩み骨を折っていて、一方、引きこもっている子供がわがままにして甘えている。親に迷惑をかけているこどもが悪い!」というような作りにになってしまうのです。
*スパルタ的な解決人が出てきたりします。

 それでは、視聴者は親にのみ同情しますし、そういう作りになっていることが多いのです。

 ほんとうはまず考えなければいけないことは、引きこもり始めたときの家庭状況はどうだったのか?
 本人が学校か家庭か仕事上の出来事で精神的に追い込まれていて親や家族に対して何らかのサインを発していたのに、そこにいたのは仕事に忙しく家庭を顧みない父親と、母親も引きこもり始めた子供にただオドオドするだけで、また世間体もあり他の人にも相談することもできず時間だけが過ぎていく・・・という構図が浮かんでしまいます。
 親といえども人間で、どこかで自分を正当化しようとしますので(当たり前のことです。人は皆不完全ですから)そのあたりかなと番組を見ながら考えました。

 それにしても、いまは、引きこもっている人にとって客観的な状況が悪すぎます。
 何年と引きこもっていた人が、いきなり、いまの厳しい企業社会に出て行ったら・・・
なんて、考えるだけでぞっとします。
 もう少しゆるい社会に少しずつ出て行くことができて、慣れてきたら適性にあわせて次のステップへ進む。こんな状況があれば、勇気を持って第一歩を踏み出そうとする人がつまずくことは少なくなると思います。
 そうするためには、例えばNPOなどが運営する中間就労の施設で社会に慣れるための訓練と経験が必要でしょうし、また、相談に乗ってくれる熱心なコーディネーターが必要です。

 でも、(いま困っている人や家族には怒られるかもしてませんが)マイナスばかりではないはずです。
 そのような苦しい経験をしてきた「引きこもりを経験した彼ら」が、なんとか立ち直って世に中に出てしばらくたったあとの活躍も見てみたいなあと思います。
 一度地獄を見た人が社会の構成員として社会のなかで活躍を始めると、どんな社会ができていくのだろうか、どんな日本が作れるのだろうかと・・・
*そろそろ40歳代になるのでしょうか、就職超氷河期で正社員になれなかった層の人たちも正社員として民間企業や公務員として受け入れて行けば、(まさに一億層活躍社会!)世の中も変わって行くでしょう。いつまで学卒一括採用などという硬直した制度を続けるのでしょうか?

 さて、大卒後もどもりを原因として就職できずに(せずに)結果的に引きこもりになってしまった私が、約2年の引きこもり生活の後に民間のどもり矯正所に通って同じ悩みを持つ仲間ができ、次第に元気になりハローワークに通って小さな会社の営業職につくまでの顛末はすでに何回か書いています。
 今回はこの間の心の動きや家族との関係などを書いてみたいと思います。

 なぜ、大卒後に引きこもりになるところまで追い込まれてしまったのか?
 私がどもり始めたのは2~3歳の頃です。また、自覚しはじめたのが小学校の低学年2~3年の頃でした。*親が言うには、2~3歳頃からどもり始め小児科医に相談に行ったところ「あまり神経質にならずに様子を見ましょう」といわれたので、それ以上の対応はしなかったとのことです。)

 私が小学生だった頃(70年代半ばまでのころ)は、東京近郊の湾岸の都市である私の居住地でも家の近くには古き良き昭和30年代を彷彿とさせる駄菓子屋が残っていて、ところどころに草野球ができるくらいの空き地がありました。
 小学校から帰ってくると鞄を投げ出して自転車ですぐ野球に行ってしまうような、(どもるところを除いては)昭和の高度経済成長期中期の典型的な少年でした。時代背景は「ちびまる子ちゃん」そのものです。 (「3丁目の夕日」は、私よりひと世代前の話です。)

 小学校の2~3年くらいからでしょうか、授業中に指名されてひとりで教科書を音読するときや自分の名前を言うときに明らかな言いづらさ自覚し始めました。
 どもることで同級生に笑われたり先生に指摘されるようになると、しゃべる前にこわさを感じるようになりました。(先生の中にも私のどもりをからかうようなのがいました。はっきりとおぼえています。)
 私の場合は、父もどもり持ちであるにもかかわらず、私がどもるたびに「ゆっくりしゃべれ!」と顔を歪めて怒るのです。(そのトラウマが大きいように思います。)

 4~5年生の頃になると、例えば、次の日の国語の時間に教科書を読まされることがわかっている場合には、子供心にも「死んでしまいたい、地球がなくなってしまえ」とまで思うようになっていました。
 それでは、さぞ、家庭や学校では暗い引っ込み思案の子供だったかというと、そうではなくて、学校でも家庭でも「ちょっとどもるけれども、明るい少年」といわれていました。(小学5年のときの通知票に書かれています。)
 思いっきり「演技」していたんですね。TV等で、「いじめで自殺した子供が親にも打ち明けられずに・・・」という話を聞くたびに心が締め付けられます。
*このあたりのことでも考えるところがあります。私が、何気ない日常会話でもどもりまくるような重さの子供だったら、どもりが自分に及ぼした悪影響は計り知れないものだったでしょうし、今を生きる子供でしたら、学校では陰湿ないじめにあってその時点で「引きこもり」になっていたかも知れません。

 中学1年生になると、なぜか急速に症状が軽くなりました。
 授業中もすらすら電話もOKという感じで、「治った。これでもう、私の将来はバラ色」とうれしくてうれしくてたまりませんでした。クラス役員なども歴任していました。

 しかし、2年の秋頃です。急にどもりが復活しました。
授業中に教科書が読めない、名前が言えない・・・小学校高学年以来の事態で、そのまま3年生になります。
 学年でもトップクラスの成績が徐々に低下し始めましたが、それまでの貯金で公立の進学校に入りました。

 高校に入ってからは地獄です。
 最初のオリエンテーションの時に受け付けで名前が申告できないところから始まって、3年間緊張の連続、
 心の奥では「死ねれば楽だろうな」とか「核戦争になり世の中が終わってしまえば良いな」、こんなことばかり考えていました。要するに、ギリギリ、だったのです。
 「よく自殺しなかったな」と思いますし、「あのときに死んでいれば楽だったな・・・」と、今でも思うことがあります。

 こんな状況で勉強に集中できるはずがありません。
 授業中は当てられる順番を数えて緊張し、週末になるとしばしの解放も日曜の夜になるとまた超ブルーになることの繰り返しです。
 そこまで追い詰められても自殺しなかったのは、10代の若い心が、まだ、柔軟性とそれなりのキャパシティーをもっていたからだと思います。(本当はひとりっきりで我慢してはいけなかったのですが)

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吃音:ひきこもりから就職へ(その2)
引きこもるところまで追い詰められた(自分を追い詰めた)原因は?

 大卒後にどもりのために就職できずに自分をひきこもりにまで追い詰めたものは何なのか?
*私の場合は80年代後半のことです。

 このことについては、引きこもっていた20代後半の頃はもちろん、職安で営業職を探して働き出してからも常に考え続けていました。

★どもりについて硬直した考え方を身につけてしまった小さな子供の頃からの家庭環境と、貧弱な公的サポート
 時は昭和です、私の親は10代までは戦争の時代を生きてその頃の教育を受けた世代です。
「どもってはいけない、どもることは恥ずかしいことだ! もっと苦労している人はたくさんいる」という考え方を身につけてしまうのは、家庭環境によるところが大きかったと思います。
 また、日本人の「恥ずかしがる」、「人と違うことをいやがる」といったようなメンタリティにもよるかと思います。
*平成のいまでも日本人の根底には同じような気質が流れているようです。格差が広がった分強くなっているかもしれません。

 個人差(家庭による差)もかなりあるかと思いますが、よほどの重いどもりでない限り、「自分の子供が言語障害である」という意識が親にないことも、子供を追い詰める原因になると思います。
 家のなかでつっかえつっかえしゃべっている我が子。「早口だからからか?」「内気だからか?」と考えてしまうのが普通でしょうし、なんとなく聞いた根拠のない民間療法すら信じてしまうようなところがあるのです。
 その背景には、正確な情報がない、どこに相談に行けば良いかわからないことがあると思います。
 かかりつけの小児科の先生のところに行ってもお茶を濁すような答えしか返ってこない。こんなこともあるでしょう。

 もしも、日常的に通える距離に子供のどもりに通じた言語聴覚士が言語クリニックを開業していて、
 または民間の病院か公的な施設に専門家が常駐していて、必要に応じて精神科医や臨床心理士、ソーシャルワーカーなどと連携しながらどもりを持っている子供の相談にのってくれていたら事情は大きく変わっていたと思います。(もちろんいまも、そのそうな環境はありません。)

★重さや症状の違いがどもり問題に与える大きな影響
 「どもりを持ちながらもがんばって働いている」などという個人の経験
 本人にとっては努力の結果であり喜ぶべきかも知れませんが?、これらの経験談がひとり歩きして他の吃音者のこころを追い詰めることにもなります。

 どもりと言ってもごく軽いものから重いものまであるし、その症状や精神的な背景も実に多様です。どもりは全て違うものその人特有のものと考えるべきでしょう。
「何々さんのお子さんもどもりがあるけれど、○○大学を卒業し立派に働いているんだから・・・」などということは慰めになるどころか本人にとっては拷問に近いことばとなります。

★子供の頃(思春期頃)から「将来就くところの仕事(職業)は実に多様であり・・・、ことばを主に使う仕事もあれば体を動かすことが主となる仕事もある。 都会のオフィスもあれば、田舎でゆっくりと生きていく方法もある」などということを教えてくれる(人生経験豊富な柔軟な発想のできるひと)の存在が必要だと思います。

「頑張ればなんとかなる」ほど世の中は甘くありません。

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