吃音:柔軟性を持って生きていく(その1、現状)

 今回はどもりを持った人がいままでの常識的な生き方にとらわれて結果的に人生につまずき追い込まれるのではなくて、時代背景なども考えながら大いに柔軟性を持って生きていくことにより、どもりのみにとらわれた苦しい人生から、少しでも自分らしく幸せが感じられるようになっていくには、という観点で書いてみます。

 現状はどうなのでしょうか、
★家庭では
 小さな子供の頃からのどもりの苦しみ・苦労を家族に理解されないなかで、家族のなかでも精神的に孤立していることが多い吃音者。(しかも、孤立していることすら理解されません)

 「どもることくらいで・・・、甘えている」
 「もっと苦労している人はいくらでもいる」
 「どもるといってもたいしたことはない、気にするな」

 普通の家庭の普通の家族の反応はこんなものでしょう。

★学校では(小中高校、大学(院)、専門学校)
 授業中はもちろん友達と話すときでさえ「どもりはしないか」という恐怖心に耐えながらの学校生活です。

 (比較的軽い場合は)休み時間の何気ない会話はなんとかこなせるが、「人前で名前を言う」「発表する」「本をひとりで読まされる」ときなどには・・・、
「ことばがなかなか出てこない」、「どもり特有の繰り返しの発音」になってしまいます。

 大きくどもって失敗した(笑われた、からかわれた)記憶がこびりついていて、次に発することばも出てこないのでは? どもってしまうのでは? という恐怖心に毎日さいなまれている。「学校に行きたくない・・・」、最近休みがちになってきた。

 クラスメイトから陰湿ないじめ受けている、場合によっては先生からもからかいを受けているということもあります。

★就職時・就職後の職場では
 学生時代はどもりでいくら悩んでもそれで学校をクビになることはありませんが、仕事の世界は違います。もうけてナンボ、の世界です。
*この意味では民間企業よりも地方公務員などの方が楽なことは確かでしょう。
*学生時代にアルバイトをしようとする時点で、電話での問い合わせができない、面接で落ちて採用されない、などの経験をすることもありますし、そもそも、電話がかけられないのでアルバイトに応募すらできないことも多いのです。(このあたりは、どもりの重さの違いにより大きく違ってきます)

 就職活動の時点で、当たり前のように電話もかけるし自己紹介もします。子供の頃から逃げてきた人前や電話で話すことに否応なく直面します。
*どもりの重さの違いにより就職活動の困難さはかなり大きく変わってきます。(どもりの重さは第三者から見た客観的な重さだけでは計れません。ほとんどどもらないように見えても深く悩んでいる例はいくらでもあります。)

 日本には職業選択の自由があり、事務系や営業系などの話すことがメインのサラリーマンでなくても、ことばを多用しない職種もいくらでもあります。
 しかし、たとえば都会のサラリーマンの子供が農林水産業に就くにはハードルが高いのが現実です。
*郊外にある農業法人への就職なども、これからは考えるべきでしょう。

 実力者のコネで企業(ことばを当たり前のように言う事務や営業系)に入ったり、比較的軽い吃音者が面接時にたまたまことばの調子が良くて採用されてしまった場合は、仕事を始めてからの苦労はたいへんなものとなり、こころに大きな傷を負うこともあります。

 次回は、柔軟性を持った生き方に変えていく方法を書きます。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中