吃音:ひきこもりから就職へ(その2) 引きこもるところまで追い詰められた(自分を追い詰めた)原因は?

 大卒後にどもりのために就職できずに自分をひきこもりにまで追い詰めたものは何なのか?
*私の場合は80年代後半のことです。  

 このことについては、引きこもっていた20代後半の頃はもちろん、職安で営業職を探して働き出してからも常に考え続けていました。

★どもりについて硬直した考え方を身につけてしまった小さな子供の頃からの家庭環境と、貧弱な公的サポート  
 昭和の時代です、親は10代までは戦争中の時代を生きてその頃の教育を受けた世代です。
「どもってはいけない、どもることは恥ずかしいことだ! もっと苦労している人はたくさんいる」という考え方を身につけてしまうのは育つ家庭環境によるところが大きいと思います。  
 また、日本人の「恥ずかしがる」「人と違うことをいやがる」といったようなメンタリティにもよるかと思います。
*平成のいまでも日本人の根底には同じような気質が流れています。格差が広がった分強くなっているかもしれません。  

 個人差(家庭による差)もかなりあるかと思いますが、よほどの重いどもりでない限り、「自分の子供が言語障害である」という意識が親にないことが原因ではないかとも思います。  
 家のなかでつっかえつっかえしゃべっている我が子。「早口だからからか?」「内気だからか?」と考えてしまうのが普通でしょうし、なんとなく聞いた根拠のない民間療法すら信じてしまうようなところがあるのです。  

 その背景には、正確な情報がない、どこに相談に行けば良いかわからないことがあると思います。
かかりつけの小児科の先生のところに行ってもお茶を濁すような答えしか返ってこない。こんなこともあるでしょう。  

 もしも、地域ごとに、日常に通える範囲で、子供のどもりに通じた言語聴覚士(国家資格です)が開業していて、または民家の病院か公的な施設に常駐していて、必要に応じて精神科医や臨床心理士、ソーシャルワーカーなどと連携しながら相談にのってくれていたら事情は大きく変わっていると思います。

★重さや症状の違いがどもり問題に与える大きな影響  
 「どもりを持ちながらもこうして働いている」などという個人の経験  本人にとっては努力の結果であり喜ぶべきことなのですが、これらの経験談がひとり歩きして他の吃音者のこころを追い詰めることにもなります。  
 先ほども書いたように、どもりと言ってもごく軽いものから重いものまであるし、その症状や精神的な背景も実に多様です。どもりは全て違うものその人特有のものと考えるべきでしょう。  

「何々さんのお子さんもどもりがあるけれど、○○大学を卒業し立派に働いているんだから・・・」なんていうことは慰めになるどころか本人にとっては拷問に近いことばとなります。

★子供の頃(思春期頃)から、「将来就くところの仕事(職業)は実に多様であり・・・、ことばを主に使う仕事もあれば体を動かすことが主となる仕事もある。 都会のオフィスもあれば、田舎でゆっくりと生きていく方法もある」、などということを教えてくれる(人生経験豊富な柔軟な発想のできるひと)の存在が必要だと思います。

 「頑張ればなんとかなる」ほど世の中は甘くありません。

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