吃音とどう向き合うか(再掲載一部改編:初掲載は2007年10月30日)

 今回は、人生のなかで吃音とどう向き合うかについて書きます

 さて、朝起きて、最初の「おはよう」の言葉からどもってしまう。
*もっとも、いまどきの家族の間で、どれくらい「おはよう」の挨拶を交わすかはわかりませんが?

 学校での最初の授業は国語だ、指名されたらどうしよう。そして授業が始まり、やはりどもる。
今日は特に調子が悪くまったく言葉が出てこない、途中で先生が座るように指示する。敗北感!

 日曜の夜から明日月曜の朝の仕事が気になって不安でよく眠れない。
 翌朝、出社して最初の電話を取ったとき(正確にはとる直前に)いつも以上に不安がよぎった。
が、やはり最初の言葉が出てこない。今日は特に調子が悪そうだ。

 しかしそんなことは言っていられない。
 朝一番に、いままで取引のなかった会社に電話をして訪問する約束を取り付けなければならない。
そして、やはり、どもりながらの電話。途中で切るわけにもいかず同僚の笑い声が耳に入ってくる。

 このようなことは、どもりを持っている方ならば日常的に経験されていると思います。
このような日を積み重ねていけば、劣等感いっぱいの人間になるのは当たり前です。
*無理をした結果として、症状も軽くなり仕事も順調になる方も少なからずいらっしゃるのも事実です。(比較的軽いどもりの場合。しかし、ぶり返しも当たり前のようにあります。)これが、どもりの問題を複雑化させていたり、吃音者どうしがぎくしゃく感を感じてしまうもとにもなります。

 1980年代の末ですが、私は大卒後も就職できす、引きこもりを経て約2年遅れで職安で仕事を探しました。
*職安で探したというのも実は理由があります。職安の職員が面接のアポまでとってくれるからです。)

 私は、あえて「営業」の仕事を選びました。
 「就職していない」ということの劣等感は大きなものがあり、とにかくスーツを着て電車に乗って毎日会社に行き、夜には帰ってくる生活をしないと「人間失格」と思っていたし、「思わされていた」からです。
 毎日無我夢中でした。電話も仕事上の会話も最初は滅茶苦茶でしたが、何か月か続けていくうちに大分流暢になり担当もまかせられました。

 20年以上もも前の話ですが、そのような「曇りガラスを爪を立てて引っ掻くような日々」は、私にいろいろなものを与えてくれましたし、同時に「何か大切なもの」を奪っていったのかもしれません。
 それからのことは以前に書きましたのでこれくらいにしておいて

 いま思うことは、「こんな経験が本当に必要なのか。21世紀を迎えたいまも私のような経験をしなければならないのか」ということです。
 私の場合は、心がギリギリでもなんとか持ちこたえましたが(うつ病も経験しましたが、それほど重いものではなく治すことができ、結果として自殺もせず生きているのでよしとします。)悪い条件が重なっていけば、重いうつ病などの心の病気にまで至ることも十分に考えられます。

 また、統計などはありませんが、どもりを苦にして自殺する方は決して少数ではないはずです。
*どもりの悩みによる自殺で身内や友人を亡くした方の体験談はブログなどでもまれにみられます。

 吃音者の会合などで話される吃音の体験談は、その多くは「克服の美談」として語られますが、「本当の話」もきちんと聞いていかなないといけません。
 努力すればなんとかなる・・・のような、声の大きな人の話だけが押し付けられるような気がします。
「人間の弱さ」の部分もきちんと認め合っていかないといけませんね。「自分の弱さ」を知った上で、しなやかに生きていくことが求められるのではないでしょうか。

 また、自分の人生が安定してきたときに自分の成功談を声高に語るのではなく、自分の弱さや過去や現在の苦悩をさらけ出して(自己開示して)他の人と交流していくことが求められますし、そのような考え方ができる人が本当に「強い人」だと思います。
*かつて、調子にのって克服談をしていた自分を恥ずかしく思い出しながら書いています。

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