吃音と自信(再掲載一部改編:2012年3月7日)

 どもりを持っていない人が吃音者がどもっているところを見ると、
「おどおどしている」「過度な緊張をしている」「自信がないのでは」と思うことが多いようで、どもりを持つ方の多くは子供時代から「もっと自信を持ってゆっくりしゃべりなさい」とか、「はっきりと言いなさい」などと言われた経験があると思います。

 日常生活ではあまり会うことのない「重い吃音者」に、どもりを持っていない一般の方が接すると、まずは大きく驚きます。
そして「重い言語障害を持っていてたいへんだ」と、障害者として認識します。

 しかし、世の中にいる(一般社会にでている)吃音者の多くは比較的軽いどもりなので、どもりでない人から見れば、「緊張しがちな人」、「気の小さな人」と思ってしまい、その人たちをもって「吃音者はこういう人たちだ」と決めつけてしまうという間違いを犯します。

 本当に重い吃音者には日常の中ではなかなか会うことができません。
(重いとは、一般的には症状が重いということですが、傍から見て軽い人でも自分で自分のどもりを重く評価していればそれは深刻な重いどもりということになります。)
どうしてかというと一般の企業にはなかなか入ることができないからです。引きこもりがちになってしまうことも多いからです。

 職場(一般の民間企業の事務系・営業系のことです)では、「電話をとれない」、「電話をとったとしても会社名や名前がでるまでに一苦労」では事実上仕事になリませんし、
小・中学校から高校までの普通学級において、授業中に指名されても最初の言葉がなかなか出てこなかったり、顔を歪ませながら途切れ途切れや繰り返しのことばばかりでは、本人の自尊心を失わすための訓練を毎日のようにしているようなものです。
(私も小学校中学年のころから、明日はひとりで教科書を読まないといけないとわかっている前の晩は、自殺を考えたり、世の中がなくなってしまえばいいと考えるような子供でした)

 企業では電話の窓口というのはその会社の顔ですから、顧客が会社に電話をかけたときに感じの良いはきはきした受け答えをしてくれるのと、電話したのに電話口で大きくどもって仕事の用をなさないのではどちらが良いかというのは自ずから明らかです。
(人間としての価値などを言っているのではありません。組織で働くという現実から論じています。)

 言葉ではなんとでも言えます。
 たとえば「どもったままでよい」などとは言えますが、健康な新卒の若者ですら就職ができない厳しい経済状況のなかで社員の採用をするときに、電話ひとつまともにとれない人を採用する会社(民間会社の営業系・事務系の場合です)はまれでしょう。

 私の経験談、前にも何回も書いていますが、
 大卒後約2年間の引きこもりを経て職安でやっと探した小さな会社の営業マンとしてちょっと自信をつけてから転職を挑んだ2回目の就職で、営業マンとしてメーカーに採用され働きだししばらくたってからの話です。

 最初はそれこそ、どもリどもりで大変でしたが、その後かなり改善されて仕事にはほとんど影響がなくなり、仕事の成績も良く一定の評価をされるようになったころに上司から酒に誘われて、
「もしも君があのままのどもりだったら、正社員として採用してしまったのでクビにはできないから、でも営業系や事務系としては使えないので、本社の総務所属かなんかで倉庫番でもやってもらおうかと考えていた」といわれました。
 その上司の言葉はもちろん私をバカにしたようなものではなくて丁寧な口調で、説得力のある言葉として私の心の中にすんなりと入ってきました。
 営利を目的とする企業の部署の責任者としてはあたりまえの考え方だと思いました。企業の本音が出ています。
*80年代末という日本にまだ余裕があった頃の私の経験談です。どもりの私を受け入れてくれた大企業がありました。
*しかしその後、さらにチャレンジすべく転職した会社でのこと。「言いにくい会社名」のために電話ができなくなり、そして次第にビジネストーク全般がぎくしゃくし大変なことになりました。

 2015年のいま、世の中の状況はどうなのでしょうか?
 まだ日本の経済が右上がりだった25年以上前の吃音者の昔話ではなくて、いまの世の中で、もしも、「吃音者はどもりのままでよい、大丈夫」というのでしたら発言者にはそれなりの責任が伴います。

 学校でも、教育の劣化、世の中の変化により、陰湿ないじめが先生の目の届かないところで行われている現実も大きな問題です。(いじめを原因とする子供の自殺が絶えません)

 もともと苦手な言葉ではなくて、ほかの能力を評価して採用してもらえるような就職システムを作り、民間企業では採用が難しかったら、公務員か福祉系の職場で、過度な(言葉の上での)ストレスを感じないで末永く働けるような仕事を用意・紹介すべきでしょう。
*決して、「甘やかしましょう」ということではありません。たとえば、足が悪い人に「全力で走ってみろ」とは常識のある人ならば言いません。そういうことです。

 これは、なにも「どもり」だけの話しではなくて、心と体に障害を持った人たち全体に言えることです。
言葉のほかの(自分の障害のほかの部分の)能力をフルに発揮して世の中に一定の貢献できて、ある程度の達成感や自信を持てるようにしていかなければなりません。
 超高齢化で労働力不足が言われている日本で、言葉のほかの能力を使えば十二分に活躍できる方が活躍しないのは、なんとももったいないことです。
*民間企業において常用雇用者の1.8%は障害者を雇用することが法律により義務づけられています。(障害者の雇用の促進等に関する法律、「障害者雇用促進法」)しかし、割合に達していなくても一人につき5万円払えば免除されます。そちらを選ぶ企業も多いと聞いています。もっとも、吃音者が障害者として認定されたと言う話は(私は直接は)聞いたことがありませんのでその話の外ですね。我々吃音者側のアピール不足も大きいと思います。

参考:吃音:「学卒後は皆、サラリーマンへ」という考え方は

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