吃音:ほんとうに困っている人はどもりを語ることをあきらめてしまいがちです

 以前、どもるの人たちの泊まり込みの集まりに参加したときのことです。(もちろん私もどもりです)
 その集まりは、男性も女性も参加していて年齢層も20歳代から50歳代まで、人数もほどほど(15人くらいだったでしょうか)で、いろいろと話ができそうな雰囲気でした。

 講師の語らいと意見交換の時間が主でしたが、夕食後の遅い時間には打ち解けて話せるフリートーキングの時間もありました。
*こういう機会を持つことは吃音者(児)にとってはとても大切なことだと思います。ほんとうは、小学生のころから春休みや冬休み、連休などを利用して継続的に行うことができれば、そして、親御さんはもちろん、学校のことばの教室の先生、普通の先生なども参加して打ち解けたなかでじっくりと(本音で)話すことができれば、「それで治る!」なんてことではありませんが、それぞれの心のなかに大きな変化が生まれてくると思います。

 しかし、気になったことがあります。
ほんとうに困っている人、やっとの思いでこの集まりに参加してきた人の発言の機会がないのです。

 どもりが重くて、自分からは(どもりの仲間の集まりでも)言い出せない。
毎日の生活ではどもりのためにかなり追い込まれていてどうかなってしまいそうな自分をなんとかしたくて、そのきっかけがほしくて参加した。
 そんな人が、やはり、ほんとうに困っていることを言えずに時間が過ぎて言ってしまう。

 会合の講師は、「なにか言い残したことがありますか?」と聞いてはくれますが、やはり言い出すことができません。
心のなかに溜まった何十年か分の「言いたいこと、思い詰めていること」があるのでしょうが、やはり言えない・・・
 それを、その人の仕草から強く感じました。

 もう7~8年も前のことですが、ふと思い出しました。

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