人(他人)に説明できない吃音者の想いについて

 こどもから大人までの吃音者を取り囲むいろいろな環境「家庭環境(精神的・経済的・家族構成)、学校の環境(いじめ、校風など)、職場の環境(職種、求められるコミュニケーション能力)」の違いにより、
第三者から見て(聴いて)同じようなどもりの重さや症状に見えていても、それぞれの吃音者の心のなかやその想いは大きく違う場合がしばしばです。

 何を言いたいかというと・・・、
どもりを持っているこどもから大人までの「孤独感」なのです。
 自分の想いや気持ちを、家族や友人同僚、恋人、配偶者、ときには同じ吃音者にも分かってもらえないことの焦りであったり、あきらめ、怒りもあるかもしれません。

 学校の授業中に指名されるかもしれないという恐怖感の質や量について考えてみても、どもりの症状や重さの違い、いままでのどもりでの失敗の経験の積み重ねによるメンタルなことの違い、またそのクラスの雰囲気により、吃音者本人に襲いかかってくる恐怖心は大きく違ってくるでしょう。
 仕事で顧客に電話をする、社内電話をしたり、難しい交渉をするときも同じようなことが言えます。(民間企業と公務員の違い、会社の規模の違いも影響してきます)

 いまの自分が置かれている緊張感や恐怖心を他人と(家族や友人とでも)なかなか共有できないことが、吃音者の孤独につながってきます。
 そして、ときには、心安まるはずの吃音者の集まりでも、(悪意はないにしても)自分の経験値のみや思い込みで「こうすれば良い」「こうできるはずだ」などの意見やアドバイスに心を傷つけられることが往々にしてあり、孤独感を余計に感じてしまうのです。

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