「吃音のままで良い」は間違っているのか(再掲載一部改編:2012年9月5日)

 「吃音」とか「どもり」というキーワードを使い工夫して検索してみると様々な情報に触れられる世の中になりました。
*いい加減な情報、インチキな詐欺まがいの情報も多いので注意してください。

 私がインターネットをはじめた90年代の半ばには、どもりとか吃音という言葉で検索しても関連するサイト(日本語で書かれた)は極めて少なかったように記憶しています。
*調べてみたら「Yahoo japan」が始まったのが96年です。

 先日ある吃音者のブログを見ていたら、吃音者の団体や専門家(学者やST)に対する批判のようなものが書かれていました。
「日本の吃音者の団体や学者は吃音者を追い込んでいる」というようなものでした。
 もう少し読んでいくと、要するに「どもったままで良い」という考え方が、ほんとうにどもりで困っている人たちを追い込んでいる、というような内容でした。

 私は、いままで20年以上の様々な吃音仲間との交流のなかで、ある程度以上の重さのどもりのために自力ではなかなか就職できずにほんとうに困っていたり、
自力では就職できずにコネでやっと就職した吃音者が、職場に入ってみるとことばの面で毎日が針のむしろのような状態におかれて、ついにはノイローゼになり死(つまり自殺)をも意識する状態にいるような人たちにも接してきました。
*私も大卒後就職できなくてしばらく引きこもったり、やっと自力で入った職場で電話や交渉ごとでさんざん苦労してきましたので、このような話を聞くと思うところが大です。(私の経験は過去の書き込みに詳しく書いています。)

 吃音者は実に様々で、軽い人から重い人まで、症状も様々です。
 どもることに対して比較的寛容な環境(家庭、学校、職場)で生きている人もいれば、常に笑われたり注意されているような厳しい環境で生きている人もいます。
 傍から見て軽いどもりに見えても、死を意識するほど悩んでいる人もあたりまえのようにいます。

「どもったままで良い」という言葉に励まされたり、その言葉に救われて生きている人もいれば、その言葉のために、かえって追い込まれたりつらい思いをする人までいるのです。
*ことばの流暢性を保ったり少しでも良くするために自分(達)で工夫して言語訓練をしたり、仲間同士で交流し語り合うことで心の健康を保つなどのことで、いまいる職場になんとか踏みとどまって(とどまれて)いる人も多くいるのです。

 ですから、家族や同僚、友人、専門家などのサポートやアドバイスをする側は、「吃音とは実に様々なもので、個人ごとケースごとに全く違うもの」と考えることが必要です。
 また、いまの世の中(学校でのいじめの問題、就職の厳しさや民間企業の厳しい競争の現状)をしっかりと把握している必要があります。

「臨機応変に対応できる人間力と優しさ」が必要と考えます。実に難しいです。

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