吃音:子供の頃からの「負の緊張」の連続がもたらすものは・・・、(再掲載一部改編:初掲載は2008年6月25日)

(子供の頃よりどもりで悩んできた)我々が、どもりの原因について(素人ながらも当事者として)考えるとき・・・、
「緊張するからどもるのだ」という考え方と、
「まず、脳の機能になんらかの障害があるからどもり、そのうえに、笑われたりすることが繰り返されることにより固定化し悪化する」という考え方など、いろいろあります。
*残念ながら医学的に原因が特定されていないことはおわかりのことと思います。

 「心地よい緊張」ということばがあります。
だらだらしないで、一定の秩序を心の中に作り出す「良い緊張感」とでも言うのでしょうか。
 一方、どもる際の緊張は、「良い緊張感」ではなくて、しゃべろうとする意志をくじくような「負の緊張感」に思えます。

 その「負の緊張感」の背景には・・・、
 社会的に「この場ではどもっってはいけない」という暗黙の要請があり、
または「吃音者自身でそのような要請があると勝手に思いこんでしまって」
ということがあるでしょう。

 そして、その「負の緊張感」は、人間の各発達段階においてそのレベルが変わり、次々と課題のように吃音者に突きつけられるものでもあります。

 それぞれの発達段階に応じてということ。

 例えば、小学生のときは小学生なりの、
「まわりの雰囲気から読み取るところの(どもってはいけない度)」により、
就職するときは就職するときなりの「どもってはいけない度」というように、
 人生のステージごとに、次から次へと課題のように与えられるので、子供の時に「私はこれから気にしません」などと思ったとしても、それ以降にまたどもりで悩み出すことはいくらでもあり得るのです。

 「雰囲気として感じる、人生の各ステージごとの(どもってはいけない度)」に対する耐える力は個人差が大きく、また、それぞれの人生観とも絡んできますので、対策をマニュアル化するのは無理だろうと思います。

 よく言われる各種の心理療法も、国内外のものがいろいろと出ては来ますが、
一時はもてはやされても、いつの間にか下火になってしまうというのが本当のところです。
(私も、80年代の学生の頃、雨後の竹の子のように出てきた各種、日本のものも欧米のものも、の心理療法を試しましたが、理論的にはなるほどとは思いますが、実際その通りにはならないでそのうちに忘れてしまいました。)

 結局、現状では、「あきらめる」などという宗教的・哲学的な境地を要求される方法でしかどもりを持ちながらの人生は乗り越えられないのかもしれませんし、

 その「あきらめる」に至る近道などはなくて・・・、
「どもりを持ちながら人生を切り開かれてこらえた先人」のように、薄氷を踏むような想いで生きて、苦労の末にたどり着くことが要求されるのかもしれません。

 かつての民間のどもり矯正所に10万円以上のお金を払って通ってみたけれども、結局は無駄だったという経験は、「あきらめ」に至る道筋としては(多大な出費が必要ですが)ある意味では、無駄ではなかったのかもしれません。
*でも、もったいない! おすすめできません。

 こんなことを考えると、やはり、これからは、
 我々がしてきたようなたいへんな苦労をこれからの子供の世代に繰り返させないためにも、
どもりを持った小さな子供や思春期以降の少年少女、また、就職を控えた学生が、まずは、自分の苦しい想いをおもいっきりはき出せて(「まず傾聴する」というのはカウンセリングの基本中の基本)、
 また、心の面でのバックアップも受けられて、さらに本人の希望があれば適切な言語訓練も受けられるような「気軽に通える場所」(クリニックのようなところ)と「相談しやすい人」(専門家)が必要です。

 これだけでも、どもりを持った人がどれだけ救われることでしょうか。
 どれだけ多くの引きこもり予備軍が引きこもらなくて済むか、そして、場合によっては自殺しなくて済むか。

 そのうえで、(上記のことと同時進行で)、吃音の治癒を最終的な目標とした、長期にわたる本格的な研究が行われればベストではないかと思います。

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