家庭内で、学校で、職場で、相変わらず肩身の狭い思いをし続けている吃音者(その1)

 どもりを持っている・・・、
それも、
★日常の家庭生活や学校生活、仕事でのコミュニケーションに支障の出るくらいの重さや症状のもの

 または、
★第三者がちょっと見た(聞いた)感じではどもりと気づかないくらいの軽いものでも、本人がいろいろな理由から気にせざるを得ず、結果として生活に大きな支障が出ている
などの場合で、生きている環境(家庭の精神的・経済的環境、学校でのいじめやからかい、職場でのいじめからかいパワハラなど)が悪い場合には、「毎日を生きているのがやっと」という方が多くいます。(私もそうでした)

 しかし、自分としてほんとうにギリギリになるまでは、その苦悩を誰かに訴えることもできずに、
また、理解してくれる人も(家族も含めて)いないことが多いので、
(不登校、出社拒否、引きこもり、自殺未遂など)何か起きてからはじめて、どもりで悩んでいる事実を周りにいる人たちが認識することが多いのです。

 どうして、吃音者はそこまで自分を追い込んで(まれて)しまうのでしょうか?

★できて当たり前のことができない(できにくい)吃音者

 学校で廊下を歩いていたら親しい先生に声をかけられました。
「ちょっと△△くん、A組の何々さんを呼んできて・・・」
A組の何々さんとは面識がある程度で、A組に行ってみたら見当たりません。
 当然、他の人に「何々さんいますか?」と聞かなくてはいけませんね。

 ここで最初の言葉が出てこずにしばらく無言、
次には顔をひずませながら、または大きくどもりながら(どもってしまいながら)聞くことになります。
 聞かれた方は「どうしたの?」という感じです。

 クラスメイトならば彼がどもりであることを知っているのでそれなりの配慮があるかもしれませんが・・・、他のクラスの人は事情が分かりません。
 次第に笑い出すかもしれません。

 職場で週末に、上司からこう言われました。
「来週の月曜にでも何々商事に挨拶に行きたいので、社長に連絡してアポイントを取っておいてくれないか?」

 さあ、大変です。でも仕事なのでしないわけには行きません。
「あの会社の社長はとても厳しい人だったな・・・」
「きっとどもってしまうだろう」、

「社内では、私のしどろもどろの電話でのやりとりを聞いている同僚に笑われるだろう。」
「電話の相手の会社の人にも笑われるだろう」
 という予期不安でもう心臓はバクバクです。

 そこで、トイレに行って一息つき、鏡を見て深呼吸。部屋に帰ってきて、また大きく複式呼吸で深呼吸。
でも、現実は厳しい。付け焼き刃の心理療法などなんの役にも立ちません。
 電話がつながると結局大どもり。何を言っているかさえ分からなくなってきた・・・

 学校での例と職場での例を書きましたが、
「うまくいってしまうこともある(比較的軽いどもりの場合は)」ので、吃音者のこころを余計にかき乱しますし、周りにいる人たちにどもりについてなかなか理解してもらえないのです。

 また、どもりで悩んだ末に大きな決心をして飛び込んだどもりのセルフヘルプグループでは・・・、
*どもりで悩んでいる人にとって、どもりで悩んでいることを誰かに打ち明けることや、どもりで専門家にかかろうとすること(病院に行こうとする)、どもりのセルフヘルプグループの門をたたくことは、とてつもなく大きな決心を必要とする場合が多いのですが、どもりでない人には想像もできませんね。

 ・・・グループの古参の「先輩」から、「自分はこうして良くなった」とか「治した」とか、その他精神論も含めて、こころに響かないいろいろな言葉を浴びせられることがあります。
 セルフヘルプグループに行けば同じ悩みを持つ友人ができて・・・と考えていたのに、かえってこころが傷つけられてしまうことすらあります。
*もちろん、「ここではじめてどもりの悩みを話せる友を持つことができた、良かった」ということも十分にあります。(続きます)

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