どもりの人(子供)のこころをなえさせないようにするためには、「その1、次第に追い込まれていく子供たち」

 子供の頃から日常生活のコミュニケーションにも支障が出るような重さの「どもり」を持ちながら小学校、中学校と進んできた子供にとっては、学校生活(授業、課外活動等)が地獄の日々であることは本人でないとわからないことです。
*傍から見て、「そうかな、あの子はそんなにどもってないよ」というような子でも、本人からするとどもることを必死に隠してその結果であることが多いのです。このあたりが本人が感じているどもりの悩みの大きさと、親御さんや先生との認識のギャップの原因となります。

 たとえば、学校生活で自分の名前を順番に言うような場合、どもらない子供にとっては何でもない「名前を言う」ことが大きな苦しみになります。
*私は、小学校の健康診断などで名前を言うことがわかっている前の日の晩には死にたいとさえ思いました。

 本人の何人か前の子供が名前を言う頃になると心臓の鼓動はかなり早くなり、この場から逃げ出してしまいたくなる衝動を抑えるのがやっととなります。

 そして自分の番となりますが、「・・・」。
やはり、自分の名前は、ことばとしてなかなか出てきません。

 こんなときの敗北感はなんとも表現できないようなもので、30年以上たったいまでも夢に出てきます。
*「緊張するからどもるのではなくて、どもることにより恥ずかしい思いをすることの繰り返しにより次第に緊張するようになる・・・」という悪循環で、どもりがメンタル的にも重症になっていくのです。
                                         (続きます)

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