吃音(になったの)は自分の責任ではないので「スミマセン」はいらない。卑屈にならないで!(再掲載:初掲載は2012年6月7日)

 誰かの前でどもったときに「スミマセン」と謝る吃音者が少なからずいます。
(私もそういうところがありました。その「スミマセン」という言葉はなめらかに出たりして・・・)

 仕事上で、お客様の前や電話口で必要な説明ができずに客の方がイライラしてくるか、「この人では話にならないのでしゃべれる人に替えてほしい」などとクレームがついたときは、これは、「スミマセン」と客に謝るべきです。仕事ですから・・・
*これにも、「そんなことはない、堂々とどもっていれば良い」などと言う人がいれば、それは実務経験に乏しい人です。その職場で必要とされるレベルのコミュニケーションができないくらいにどもる人は配置換えにして他の部署に回れば良いので、これは本人の責任と言うよりも上司(会社)の責任です。

 今回は、そういうことではなくて、
 例えば、仲間同志の日常の何気ない会話や、学校での発表、こちらがお客様として買い物をするときなどに「自分の名前が言えない、またはなかなかことばが出てこないとき」に、こちらから謝る必要がない、卑屈になる必要がないということなのです。

 なぜならば、好きで自分からどもりになったのではありませんから。
「小さな頃からどもりだったのです。開き直ってください。」というと、
「それでは親の責任ではないか、親のせいでどもりになったのでは」、ということになります。(私も子供の頃から長い間、親を恨んでいました)
*吃音の研究は20世紀初頭からアメリカの大学で本格的に行われました。親の育て方に起因する「診断起因説」も有力な説としてありましたが、いまではおおかた否定されています。いまでもどもりの原因は分かっていません。

 しかし、家庭環境や親の育てたかが吃音の原因ではなくても、はじまったどもりを維持・悪化せる要因には十分になり得ます。

 もしも、どもりで悩んでいる自分にとって「どもる度に怒る」「言い直しをさせる」、「笑う、ばかにする」というような家庭(環境)、または、家族に大きな問題がありケンカばかりしていて子供の心が安まらないなどの場合
 このような場合には、誰かに相談してでも公的な力を借りてでも、環境を変えるように努力してください。

 私は、「自信を持ってどもっていこう」とか、「どもったままでよい」などとは言いません。(言えません)
引きこもりの後に自分で見つけて就職した経験、企業での営業マンとしての経験からそんなことは言いません、いや、言えません。

 しかし、どもる自分について卑屈になる必要はありませんし、必要もないのに謝る必要もありません。
どもっている自分にとって生きづらい環境ならば、あらゆる努力をして変えていってください。変えていきましょう。
 少しずつ幸せになっていきましょう。

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