吃音:ボーダーラインの人々(再掲載一部改編、初掲載は2008年7月26日)

 「ボーダーライン」といっても、「境界性人格障害」の話ではありません。
どもりを持ちながらギリギリで生きている人の話、また、いろいろな事情から、無理をしてギリギリで生きていかなければならない人々の話です。

 私はよく「どもりの重さ」をテーマにしますが、重い人は重いなりに、軽くても軽いなりに、「生き方」や「就く仕事」を厳選できれば、(そんな立場に居ることができれば)・・・、
そして、家庭や職場などの好意的なバックアップがあれば、
どもりをもちながらでも、それほど大きな苦しみを感じることなく生きることができるかもしれません。

 しかし、現実には、経済的事情などから、自分のどもりの程度を超えて「無理してでも」言葉を酷使する仕事をしなければいけない状況に置かれている人は、どもりながらの人生を常に強いストレスを感じながら生きることを強いられます。
*どもりを持つ子供がいる家庭で、親御さんは自分の子供のどもりの症状や、治療法・リハビリの現状について、詳しく調べて対策を講じる例はどれくらいあるのでしょうか? せいぜい子供を小学校の「ことばの教室」に通わせるくらいのところで、どもりに関する専門家の著書を何冊も読んだり、場合によってはそれらの先生の所に相談に行くのはかなりの少数派であるように思います。

 今日をなんとか生き抜くために(クビにならないために、家族を守るためにいまの職場でのポジションを守るために)、会社に行く前に毎日早起きしてでも自分の部屋の電話機の受話器を取りメンタルリハーサルを行なう人。
夜間や休日に私の所に電話をかけてきて、「うまく言えない会社名や仕事のトークの練習させてくれ」、という人。
 それはうつ病を抱えながらも家族を守るために、精神科に通院し薬を飲みながらも仕事を続けざるを得ないサラリーマンに似ているかもしれません。

 私は、そのような人々に否定的な言葉を発することはできません。
 現実を生き抜くためには、自分の置かれている世界で人並み以上に「適応していくこと」が否応なしに求められるからです。
このような現実を無視しての議論は無意味です。

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