吃音:話したいことが(うまく)言えないというストレスとの闘い(再掲載一部改編:2011年3月24日)

「どもりを持っている」といっても、その重さ・症状、置かれている(経済的、精神的)環境により、本人が考える「人生におけるどもりの大きさと位置」は人によって大きく違います。

 これが前提ですが、今回は家庭内で学校で、または職場で、どもることにより言いたいことが言えないということがどれくらいのストレスになっているのか?ということについて考えます。
 これはある意味でどもりの本質かもしれません。

★自宅で(家族の前で)かかってきた電話に出る、
★学校で授業中に指名されて本を読む、
★友達(の家)に電話する、
★職場での日常的な電話、会議、顧客との折衝

 これらはごく当たり前に行なわれている「話す」行為ですね。
生きていくために必要なことです。
 これらが、できないか、できにくいのが、「ある程度以上の重さの吃音者」の悩みです。

 職場で「必要なときに必要な言葉を話す能力」が低いと、潜在的な能力は高くても仕事ができないと評価されたり、結果として仕事が円滑に進められない(仕事ができない)ので職場全体の問題ともなり居づらくなることもあります。

 そのような生活(人生)を続けていると、どもっている本人は毎日、劣等感を持つ場面に数限りなく遭遇し慢性的にストレスにさらされます。

 それでも、ストレスが発散できる場所(人、場)や時間帯があれば良いのですが、それがないかきわめて少ない場合は、私がそうであったように、うつ病になったり自殺を考えたりします。

 そうならないようにしていくにはどうしたらよいかを考えることが、どもり対策の根本であると思います。

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