吃音と自殺願望(絶望を超えて生きるということ) (定期的に再掲載:初掲載2008年8月)

 いまは障害のない人でさえ生きていくのが困難な時代です。
 どもりを原因としていじめを受けて引きこもりになったり、学校や会社に行けなくなる方も少数ではないと思います。

 障害のない新卒の人にとってもかなり難関の正社員への就職は、どもりを持っている人(とくに日常会話や電話に明らかな支障が出るような人)にとっては、くじけてしまいそうなほど大きな壁となります。

 こんなときには、「自分の人生はこの先何の望みもないのではないか」と絶望的な気持ちになることもあるでしょう。
そのような気持ちの行き着く先はうつ病であり「自殺」を考えることです。

 自分で「なんとかなる」と楽観的に考えたり、友人や家族が元気づけることも必要ですが、根拠(これからの見通し)のない楽観はかえって不安を招きます。
 いろいろと工夫して自分を守りながら少しずつがんばっていきましょう。

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 今回は「どもりと自殺願望」について取り上げます。

 どもりを持っている人と仲良くなり食事をしたり飲んだりすると、
「過去に自殺しようと思った、または、実際に自殺未遂をした」という方がそれなりの数いらっしゃるのです。
 これは私にとっては不思議なことでもなんでもなく、すんなりと受け入れられる話でした。なぜならば、私もそうだったからです。

 思春期の子供にとって、どもって授業中に答えられない、うまく話せない、教科書が読めない、友達に電話ができないなどのことが日常的に起こると、生きていくの がつらくなるほどの感情を持ちます。
*現在では、陰湿ないじめの対象にされているケースもかなりあるのではないかと思います。

 しかし、「どもりは恥ずかしい」「かっこの悪い」と文章にしたとしても、第3者からみて、それほどでもないような印象を持たれがちです。
また、「多少のどもりを気にして何かができないなどというのは甘えではないか」と思われることも多いようです。(家族も含めて)

「かっこわるい」「恥ずかしい」と思う子供のころから刷り込まれてしまった感情は、「明日からはそう思うのはやめよう!」として簡単にやめられるものではなく、どもりの症状そのものと相まって人生を苦しいものにしています。

*ひとつの方法として各種の心理療法(日本発のもの、欧米のもの)があります。私も専門家(精神科医・臨床心理士)のもとに行いましたが、毎週のように指導を受けながら継続的に長期間行うという環境でも、いわゆる「効き目」は、ことどもりに関しては、ありませんでした。
ましてや1回や2回、専門家の講演会 を聞いたり本を読んだりするくらいでは、一時的に気持ちが楽になるかもしれませんがそれ以上のものはありません。興味を持って行ってみようという方は、民間療法ではなくて、(精神科医、臨床心理士、または専門に研究している大学教授など)の指導のもとに長期間継続的に行って行く必要があるでしょう。

 現在、メール、facebook、TwitterなどITによるコミュニケーションが発達した割りには、学校などの教育現場では今まで以上に「自分の意見をまとめて人の前で上手に発表すること」の重要性が語られています。
 背景には、産業界からの「話し言葉によるコミュニケーションスキルの向上」が求められている事情があるのでしょう。
 その結果として、多くの学校で、パワーポイントなどのアプリケーションを使ったプレゼンテーションのまねごとなどが行なわれています。
*実際にプレゼンテーションの教育に携わってみると、教わる生徒よりも、むしろ、教える側の先生のプレゼンテーションの下手さにあきれてしまいます。

 そのような、「話すことを重視する」環境下で、学校に通っている、どもりを持っている少年少女は、今まで以上に生きづらさを感じているかもしれません。

 かつては、学校が終われば大都市圏内でもどこかに空き地があり、カバンを投げ捨てて野球をしたり鬼ごっこをしたりなどのアウトドアでの遊びがありました。
 言葉も使いましたが、同じくらい体も使って遊んだものです。

 しかし、いまは限りなくインドア。
 外でスポーツをする場合でも誰かに管理されていますね。「おおらかさ」が日常からなくなっています。

 人間はいろいろなことで、とことんまで追い込まれてくると、最終的には「死」を思います。
*最近は他人を巻き添えにしようとする人も増えてきました。

 どもりの場合でも、ある程度以上の重いどもりを持ちながら、まわりの環境(家庭環境、学校・職場環境)が本人にとって厳しいものならば、次第に心理的に追い詰められてきて「うつ状態」になり、「自殺」を考えることもまれではないでしょう。

 また、明らかにどもりによるものと思われる失敗、学校や仕事上の日常的な失敗から、就職の面接、進学の面接などの人生の節目における大きな失敗が重なってくると、人が生きていくための「心のリソース」が欠乏してしまいます。

 そして、うつ状態になり、突発的に自殺を試みる場合も出てきます。

 私の場合は、とことんまで精神的に追い詰められて、死にそこなって、そこで、「目覚めた」。「絶望することで目覚めた」という、なんとも危険な経験をしています。

 もちろん、こんなことは絶対にお勧めしません。
 なぜならば、自殺の悪いところは、死んだ自分よりもまわりの人々(家族・友人・同僚)に長く続く精神的な苦痛を与えるところだからです。

 自殺を考えるときは、自分ひとりで心が迷走しています。
 普段は決して行かない細い道にあてもなくどんどん進んでしまっています。

 そのような状態からは自分だけではなかなか抜け出せませんから、家族や友人のサポートが必要なことはもちろん、そうなる前に精神科医やカウンセラーに相談することが必要です。日本でも精神科医にかかることの敷居が低くなってきたので、躊躇しないで病院に行ってください。
*初期のパニックから脱して少し落ち着いたら、是非どもりのセルフヘルプグループに参加してみてください。

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