吃音者が本音を言える環境を作る必要性について(再掲載一部改編:2007年12月2日)

 今回は、どもりを持った人が「本音」を言える環境(場所・時間)を作る必要性について考えてみます。
 (ある時は落ち込んだ弱気な気持ちを正直に、またある時は、どもりでない人にはわからないようなちょっとした成功談)吃音者の本音を、お互いに忌憚なく語り合える、または聞いてもらえる環境を作ることです。

 こんなことを書くということは、いまはどもりを持った人が「本音」を言える機会が少ないのではないか?と思うからです。
また、どもりのセルフヘルプグループなどではどもりを持つ人同士がわだかまりなく話し合っているように見えますが、残念ながら、いろいろな思惑が交錯していることもあります。

 どもりの人それぞれには、実にいろいろな背景があります。
たとえば・・・
★本当は自分の人生についてもう少しゆっくりと考えたいと思っていても、家庭の事情で不本意ながらも言葉について厳しい環境で(かなり無理をしながら)働かなければならない場合
★(学校を出てから)すぐ就職しなくても許されるような恵まれた環境にある場合は、アルバイトをしたり専門学校に行ったりして自分の心を整理しながら良い方向に持っていける環境にある場合
 など、

吃音者それぞれの置かれた環境によって「生きていくために少しでもどもりを軽くしたい(できればなおしたい)」と考えることもあるでしょうし、
また、どもりながらでも自分なりの人生を探っていこうと考えることができる場合もあります。

 この違いが、どもりというものとのかかわり方や考え方に大きな違いをもたらすのです。
 この違いを包含しながら違い以上の包容力をもった組織作りをしていかないと、お互いの中に見えない心の壁ができてしまって、今まで熱心に通っていた人が次第に足が遠ざかりついには来なくなってしまうということが起きるのです。

 最初のうちは「最近○○さん来ないなあ」と感じていますが、そのうちに話題にも出なくなってしまいます。
これは、かつて自分たちが組織していたセルフヘルプグループで体験したことですし、違うグループでも必ずこのようなことは起きています。
 結果的に「お友達」だけが集まる、単なる仲良しグループになってしまいます。

「どもりを治したい・軽くしたい」という考え方もアリ、
また「どもりを持ったままで生きていこう」という考え方もアリなのです。

 ただ、現実問題として、「どもりの確実な治療法はない」ということにどのように向き合うかということが大切です。
「それを吃音者自身がどのように自分で気づき」、 そして「今までの自分の人生を見直してあたらしい生き方を見つけていけるか」ということが重要なことだと思います。

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