吃音におけるメンタルな要素(再掲載一部改編:2009年3月2日)

 吃音の原因は未だにはっきりとわかっていませんが(ということは治療法も)、
私を含むどもりをもった人が成長の過程でまず言われるのが、両親や小学校の先生からの「落ち着いてしゃべりなさい」「ゆっくりしゃべりなさい」ということです。

 ほんとうは順番が逆なんです。
 落ち着いてないからどもるのではなくて、
「どもる」→「恥ずかしい想いをする(恥ずかしいこととまわりの人からすり込まれる)」→「またどもる」→「まわりから笑われたり、ゆっくりしゃべりなさいと注意される」、こんなサイクルで、吃症状+メンタル的な要素で、
吃症状も、メンタル面もさらに悪い方へと進んでいってしまします。

 私がこのブログでこだわる「重いどもり」と「軽いどもり」は、
第3者から見てわかる「症状面」と個人の内面である「メンタル面」の両方がありますが、
 重いどもりでもその人にあった生き方「職業」や「生活環境」があれば、比較的軽いどもりでも、自分に合わない職業に就いて無理して働いていたり、劣悪な環境(精神面)で生きている場合よりも生きやすくなってくるでしょう。
*無理してでも働けば定年まで働けたサラリーマンのシステムは今の日本には事実上存在しません。

 私は最近ひとりで旅行に行ったときにビデオを回しながら歩いてみました。
 買い物をしたり独り言を言いながらでしたが、プレイバックしてみると、結構どもっている自分のしゃべりに驚きました。最初の言葉が出づらいときも連発もあるのです。
 
 気にしなくなっていたのですね。
 私は20人~30人にくらいはいる教室で人に教える仕事をしていますが、アンケートで「先生はどもるが気にならない・・・」という書き込みがあったときに、
少なくても「教室内では全くどもっていないのでは」と思っていた自分として「あれ」と思ったのが、今回のビデオで納得したわけです。

 こんな境地に達するまで、いちばん深く悩んだ思春期後期(高校生の頃)から30年近くの時間を要したかと思うと、
やはり、きちんと教育されて臨床経験を積んだ言語聴覚士・臨床心理士や精神科医、場合によってはソーシャルワーカーなどがチームを組んで、継続的に吃音者の相談や治療にあたるべきだと強く感じました。
*当然ですが、どもりにはいろいろな面での個人差がかなり大きいことを申し添えておきます。症状としての吃音はそのままである場合もあるでしょうし、第3者から見て大きく改善されたかに見える場合もあります。しかし、本人がそれをそのまま感じているかということになるとまた別の話なのです。
自分の心のなかの問題と、社会のなかで仕事をするに当たっての困難さ、ということは別次元の話なので、絶対的に重い吃音者が仕事に就く際には大きな障害が立ちはだかっているということは間違いありません。

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