吃音の波(再掲載一部改編:2005年5月29日)

奈良 長谷寺の春

奈良 長谷寺の春

 吃音にはその重さや症状に波があること。
 これは吃音者本人がいやというほど感じていますし、こどもの場合は親(特に母親)も感じているかもしれません。
 同じ人間がと思うほど、昨日と今日の「しゃべりの」調子が違うことがあるのです。
*学校に通っているこどもや、どもりを持ちながらも民間企業の営業職などのしゃべる仕事をしている人が特に敏感に感じているかもしれません。

 昨日は調子が悪かったが今日は昨日が嘘のように調子よくしゃべれる。
その調子の波の波長は一日単位くらいのこともあれば、半年くらいのこともあります。

 昨年は一年中調子がよかったので学校の成績も上がり、おとなの場合は仕事も順調だったのが、
今年に入ってからはどうも調子が悪くなり、それが発端で学校の成績が下がったり不登校気味になってきたり、
 おとなの場合は仕事の成績が次第に下がり、場合によってはいまの職場に居づらくなることも十分にあり得ます。
*もちろん、しゃべることばがすべてどもるような重いどもりの場合には波どころではありません。が、本人が言うには「今日は調子がよい」という場合もあります。

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