吃音:3月4月、この時期のこと

 日常生活、学校生活、仕事などに明らかな支障が出るような、ある程度より重いどもりを持った人にとって「この時期」は特別な意味を持ちます。

 この時期は、卒業、進級、入学、入社など次のステップに進む重要な節目と同時に、受験に失敗して浪人が決まったり、就職できずに失意の日々の始まりの時期となる場合もある、どもりがない普通の人でさえ大変な時期ですから、自分の名前や会社名、決まり文句などを人前や電話で言うのが困難な(ある程度より重い)吃音者にとっては大変な時期なのです。

 私の場合で言えば、子供の頃のクラス替えがある年度の場合は、
★新学期の自己紹介でどもってしまい笑われることを心配したり、
★新学期になり、新しい先生に名前を聞かれることや
★新学期の健康診断で名前を申告しないといけないことを
 春休み中から先回りして心配し悩んでいた時期でもあります。
*そういう問題についてプラクティカルなサポートを受けることができない(システムがない)のがいまの日本です。勇気を出して学校の先生に相談したとしても、「たいしたことないので気にするな」「様子を見ましょう」くらいで終わってしまいます。学校の「ことばの教室の先生」にかかっていたとしても、どこまで担任の先生と積極的に連絡を取り合ってよい方向に向かうように動いてくれるケースがあるのでしょうか?

 さて、
 90年代のはじめ頃までの年末年始や春休み、また、夏休みには、地方から東京都内にある「民間のどもり矯正所」に在学中の小・中学生から大学生、また、就職ができなかったような若者が集まってきました。
何日か滞在しながらどもりを治すべく「練習」をするのです。

 当然ですが数日でどもりなど「治る」わけもなく現実を思い知らされることとなるのですが、90年代半ば頃まではあった「かつてのどもり矯正所」では、江戸時代の寺子屋のように教室の中で一緒に練習をしたので、同じ悩みを持つ仲間と知り合えるという大きな利点がありました。
 私もかつて、大卒後に就職に失敗し失意から引きこもりとなりました。その後、どもり矯正所に通い同じ悩みを持つ仲間に出会って初めて、どもりについてわだかまりなく話し合える環境を得ることができなんとか立ち直りました。その友人たちは生涯の友となっています。

*効果の期待できない民間療法の無資格どもり矯正所に何十万円もの大金をつぎ込むことは、いまとなっては悲しい思い出でもありますが、心が追い込まれた吃音者にとっては仕方ない選択でもありました。いまどきの矯正所(のようなもの)では仲間同士が知り合えないようなシステムになっているようですが、いまでも悲しいかな、同じような(他に頼るもののない)状況は続いています。
*矯正所に通うことで一時的によくなったように感じることはよくあることです。でも、数日もすれば現実を思い知らされます。
*同じどもりという悩みを持った仲間と知り合うには、現在では「どもりのセルフヘルプグループ」に参加するのがベストでしょう。

参考

吃音:自分(達)で工夫して(ことばの流暢性の向上を目指して)言語訓練などをすること その1、その2 (2013年11月8日)

吃音者が黙ってしまう背景(2013年11月22日)

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