吃音と家族

 セルフヘルプグループやネット上その他で、自分と同じようにどもりを持っている人と親しくなり食事をしたり飲んだりするくらいになってくると、どもりはじめた子供の頃からの話をすることが多いのです。
 そこで出てくるのは、「育った家庭の話」や「家族がどもりにどこまで理解を示してくれてサポートしてくれたか?」ということです。
*というか、私の方から聞くようにしています。

 話を聞くと、残念ながら多数派は、「家族は自分の無理解・無関心・・・」、
なかにはどもるたびに注意したり怒るという例まであります(私の場合は後者でした)

 背景には、吃音者は、家のなかでは必要最小限のことしか話さない傾向がある(話せないことも含めて)ことがあると思います。
*もちろん、どもりの重さの違い、家庭環境、本人の性格の違いで違いはあります。

 いちど、どもりの悩みを打ち明けようとしたがまともに取り合ってもらえず、その後はあきらめてしまったことが本人をそうさせることもあるでしょうし、
 また、理解してもらえるかと思ったら、誰かから聞きかじったいい加減な知識でとんちんかんなアドバイスをしたり、「気にするな」「ほかにも苦労している人はいる」などと、結果として困っている本人の心を逆なでするようなことしか言わない場合もあるでしょう。

*当然、学校でどもりを原因としていじめられていても親には相談しない(できない)ということになります。

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吃音と家族」への4件のフィードバック

  1. kakubei さま
    管理人です。書き込みありがとうございました。
    吃音者の集まりなどで特に気の合う友人ができてり本音を語れるようになってくると、それぞれの人のいままでの経験が話されますが、kakubeiさんの経験はその典型的なものですね。
    kakubeiさんもご苦労されましたね。

    問題は、いまの子供もたいして変わらない環境にいるということです。

  2. 6日に母が逝き、告別式に出ました。
    父は6年前に他界しました。
    私が長男ですが、喪主は弟。
    外では私は、吃音を持つ他の人たちと同じく、生きるために、私も身体を張っています。
    パワーポイントを使って、プレゼンテーションをすることもあります。
    しかし、身内の中では、ただの吃音者。
    叔父は私が身体を張っていることも知らず、長男の私は吃るので喪主は弟と決めています。
    私を可愛がってくれる叔父なのですが…。

    数十年ぶりに話した従姉がいます。
    この従姉とは、私が幼い頃、一緒に住んでいました。
    父は、私の修学前に、私を吃音の治療に連れて行き、ブザーの鳴るベルトをさせられ、吃ると息を吸って話すことを強要しました。
    父の前では、一言もしゃべれなくなりました。
    しゃべることが減ったので、吃ることが減ったと父は勘違いしていました。
    従姉も私のためと思って、吃ると息を吸うようにと言うことがありました。
    小学校入学時には、ひどい難発になりました。
    結果的に連発が減ったので、身内からは、吃音が軽くなったと思われていました。
    もちろん悪気のない従姉は、当時のことを懐かしそうに話しました。
    私は従姉に、「頼むから、吃音を持つ子どもに出会ったら、絶対にあんな真似はしないで」と言いましたら、従姉は、可哀そうに、ひどく戸惑って「でも、当時はあの方法が最新の方法だったんだよね」と言いました。
    私は「そうだよ」としか言いませんでした。
    従姉には恨みはありません。

  3. kakubeiさま
    管理人です。ありがとうございます。
    こどもの頃の、「親が自分のどもりの悩みを理解してくれなかった」、「どもるたびに怒られた」などの経験、また、思春期以降、例えば就職時に、なかなか就職できなかったり(しなかったり)したときの親を含む家族からの非難は、どもりを持っていないものにはわからないような悔しさや敗北感をもたらします。

    それらは、経験している時は大きな困難を吃音者にもたらしますが、それ以上に長年にわたる「トラウマ」の原因ともなるでしょう。

    それらを乗り越えて生きて行くためには・・・、
    (公的施設や民間病院などのしっかりとしたサポートができていれば良いのですが、それがない現在)、
    ★自分に合った、信頼でき良き相談相手となってくれる気軽にかかれる精神科医や臨床心理士、また、言語聴覚士を探す。
    ★どもりのセルフヘルプグループを上手に利用して、同じ悩みを持つ友を得る。
    ★複眼思考を持ち、「偏った考え方」に陥らないように、自分で意識して生きていく。
    こんなことが必要かもしれませんね。

  4. 私は、吃ると、父から怒鳴られて息を吸って話させられました。
    小学校に入る頃には、父とは話せませんでした。
    高校時代、父にではなく、母に相談すると(父には相談したくなかった)、母から父へヘルプが飛び、父は田中角栄の記事の切り抜きを私に渡して、田中角栄は苦労したことを強調していました。
    確かに田中角栄苦労しただろうけど、人情もあったと思う。
    でも、父のイメージする苦労ってどんなものだったのだろうと、長年考え続けました。

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