いまの日本で、吃音を持ちながら苦労している方々に対してのプラクティカルなサポートはあるのか? (再掲載一部改編:初掲載は2008年8月23日)

 私がどもりで悩みまくりの少年~青年だった70年代中頃や後半から、大学卒業後に就職に失敗し、引きこもりになりうつ病を経験して、なんとか自力で就職できて小さな会社のサラリーマン(営業マン)としてもがきながら生きた80年代末から90年代…

 当時(70年代~90年代)、どもりで悩んでいる私をサポートする体制は私の手の届くところには存在していませんでした。
*当時も言友会などのセルフヘルプグループは存在していたはずですが、インターネットがなかった時代に存在を知るチャンスは限られていたことと、たとえ知っていたとしても、セルフヘルプグループへの漠然とした不安や情報不足などから、戸をたたくことはできなかったでしょう。

 手に届くところにあったものは、民間の「どもり矯正所」でした。
*いまではインターネットを使った宣伝をし、セミナー形式や個人面談形式など矯正所の形はだいぶ変わりましたが、悩んでいる吃音者を囲む状況は似たようなものです。
*かつては、街なかの電信柱に貼ってある怪しげな吃音矯正所の広告や、マンガ本の隅っこに載っている広告が唯一の情報源でした。限りなく怪しげでしたが、悩んでいる身としては常に気になっていました。

 私は、子供の頃からのどもりの苦しみも家族には理解されず、大卒後も就職できず、ひとりで突っ張って生きてきた自分の心が燃え尽きたかのようにぷっつりと折れて引きこもりました。
20歳代中ごろにもなってひきこもってしまった私が、やっとの思いで通いだしたのは「民間のどもり矯正所」でした。

 そこでの「訓練」は、医学にも心理学にも素人の私にさえわかるほど「子供だまし」でした。
しかし、そこには、「どもりの友人」ができる環境がありました。私の人生ではじめてどもりについて安心して話せる人と出会ったのです。
 私はここで救われました。自殺せずに、この世に踏みとどまることができたのです。

 10人くらい入る小さな部屋に同じ「どもり」という悩みを持った人が全国から集まるわけですから、自然と友達になりました。
会ったその日から10年来の友達のように話せるのは自分にとっても驚きでした。
 同時に、どもりと言ってもその重さや症状は実に多様で、吃音者が置かれている家庭環境や学校・職場環境によって心理的なバックボーンが大きく異なってきて、吃音者に様々な影響を与えることが分かりました。

 かつての私と同じような立場に置かれているいまの若い人たちは、どのようにこの厳しい時代をしのいでいるのでしょうか?
*私とて、他人事ではなく常に厳しい状況の中にいますし、40代、50代の壮年層の吃音者のかたでも「人生が落ち着かない方」が大勢いると思います。

 今では、インターネットでどもりのセルフヘルプグループの存在も知ることができるし、いろいろな人のどもりに対する思いや経験談を見ることができる。便利な時代になったものです。
特に、ここ十年ほど前からは、web上の様々なサービス、SNSやブログなどで、誰もが簡単に自分の考えかたや経験を世界中に発信できるようになりましたので・・・、かつてはどもりのセルフヘルプグループで知り合って、ある程度親しくなってからはじめてできたような深い話に、(場合によっては)ネット上で簡単に接することができるようになり、情報や意見も簡単に交換できるようになりました。

 しかし、どもりの人を取り囲む客観状況、特に就職については、私が悩んだ70年代後半~90年代半ば頃よりも遙かに悪くなっています。
*バブル崩壊後の失われた20年、そしてリーマンショック後の就職事情の劇的変化が背景にあります。

 社会が、急速に進んだIT化とは裏腹に、「言葉による高度なコミュニケーション」をますます重視していること。
それは何を意味するかというと、(ある程度以上の重い)どもりでは、他の能力は高くとも正社員として(それなりの企業)に就職できにくくなったことです。

 アルバイトで時給1,000円くらいの給与を得ていても、社会保険もつかないし、いくつになっても親の庇護下の生活しかできず、結婚はできません。

 一般の会社は、採用する際に、実務に支障が出なければ、つまり他の社員と同じ結果を出せるような人ならば、「どもろうがどもるまいが」それほど気にしないでしょう。
しかし、(かつての私のように)、どもりで悩んでいる人というのは「ある程度以上重いどもりでコミュニケーションに支障が出ている」から悩んでいるのです。

 学生時代に日常生活レベル、つまり友達や友達の家に電話をするくらいの簡単な電話でも支障が出るくらいのどもりであった場合には、就職したときに日常の業務に支障が出てくることは間違いありません。
このような状態では、たとえ強力なコネを使い就職したとしても、新人研修でパニックになり会社に足が向かなくなるかもしれません。

 家庭的に裕福で、学校を出てもしばらくは就職しなくても良い環境でものを考えられるような立場にいたり、専門学校などに通わせてもらい、資格を取れるようなモラトリアムが与えられる人、
 就職についても、いわゆるコネで「言葉を使わなくても良い(言葉を使うことが仕事の主要な部分でない)仕事」に就けるような環境に居る方は良いかもしれませんが、多くの方はそのような恵まれた環境にはありません。
*かつての私のような、そのような人たちの問題こそどもりの問題の中核です。

 このような「現実」に対して、誠実に、そしてプラクティカル対処していかないと、どんな哲学的な言葉を掲げたとしても、なんの救いにもなりません。
 30年、50年という長期的な視野でどもりについて考えたときには、大学医学部や国立の研究所などでの本格的な研究が必要で、何十年後かに最終目標を設定し基礎研究から計画的に行なって行く必要性があるでしょうし、
短期的に見たときには、「どもりで就職できない人」や「引きこもりになっている人」などに対して、心理カウンセリングや就職指導を行なうことや、また、希望があれば現在できる最良の言語療法を受けることができるようにすべきです。

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