吃音:親を恨むこころは・・・

 私は、20歳代後半になってはじめて、民間のどもり矯正所で同じ悩みを持つ友を得ました。
 そこで、いままでは(家族にも、友達にも)話すことのできなかったどもりの悩みを心ゆくまで話し合えるようになった時の開放感は、ことばでは表現できるものではありません。
自分のこころのなかには、どもりに対する想いがこんなに多く詰まっていたのかと驚いたものです。
 また、こどもの頃から、どもりに関する想いを無理やり自分のこころのなかに押し込んできたことが、自分のこころとからだに相当な悪影響を与えてきたことを確信し、これからも影響を与え続けるだろうことを予感しました。

 その中のひとつが、「こどもの頃からこころのなかに押し込んできた想い」・・・
「親に対する根深い恨み」でした。

 どもりの悩みは人それぞれですが、吃音者に接するうちに、それなりの割合で、「親に対する恨みの感情を持っている人」に接しました。
★こどもの頃、どもることで学校でも笑われたり、からかわれたり、いじめられたりしていたのに、そして、それを親に訴えたのに相手にされなかった
★それどころか、「どもりくらいたいしたことはない、もっと苦労している人はたくさんいる・・・」と説教をされてしまった。
*現実には、「こんなもんじゃない! もっとハードな環境」に、こどもの頃から置かれてきた方が少なからずいらっしゃいます。

 こんなことを話してくれる人が多かったのですが、なかには話しながら泣き出してしまう方もいらっしゃいました。
 こどもの頃からいままで自分のこころのなかだけで持っていた感情が、共感して聞いてくれる人の前で話すことにより興奮してしまったのでしょう。

 少し冷静になって背景を考えてみます。
★親はどもりのことが分からない?
 こどもの多くは、自分のどもりを知られたくないので家庭のなかでさえも極力隠そうとします。
特に、言いにくいことばは言わないようにします。会話も最低限のものにします。
 ことばの調子の良いときに話すようにすれば、親からは、「だいぶ軽くなったね、良かったね!」などと頭をなでられるかもしれません。

 これでは親は、自分の子供がどもりで悩んでいることを正確に把握できません。
*ちょうど、学校でいじめられているにもかかわらず、家ではそのそぶりさえ見せないで、ある日突然自殺してしまうことに似ています。

★世の中にどもりに対する正確な情報がほとんどないし、気軽に相談に行ける公的な専門機関が(ほとんど)ない。
 これが致命的かも知れません。
 せめて、同じ市のなかに(日常的に通える範囲に)一カ所でも良いから、吃音に精通している臨床心理士、言語聴覚士などが常駐していて継続的に相談に乗ってくれる公的な施設があれば、状況はだいぶ変わってくるでしょう。

 親を憎んでいる場合はどうすれば良いか?
★同じどもりを持つ友人(親友)を作り心の丈を打ち明けることにより、自分のこころの中にある負荷を下げていく。
 信頼できる人の前で話しきって・・・、ということを続けましょう。
★どもりのセルフヘルプグループの会合に参加していろいろな立場(性別、年齢、育った環境の違いなど)の吃音者に接することにより、自分のどもりや育った環境を客観的に見られるようにしていく。
★自分のいまやこれからを充実していくことにより過去にとらわれない(とらわれにくい)ような状況に自分を持っていく。

 なんと言っても、自分のことをこぼせる信頼できる友人を作ることが第一だと思います。
*なんでも話せるホームドクターとしての精神科医や臨床心理士を持つことも必要です。

参考:吃音は自分の責任ではないので「スミマセン」はいらない。卑屈にならないで!(2012年6月7日)

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吃音:親を恨むこころは・・・」への2件のフィードバック

  1. 管理人です。
    kayさん書き込みありがとうございました。
    こちら東京圏では(というか日本の本州は)、いよいよ梅雨らしくなってきました。
    5月の末に、例年よりもだいぶ早く梅雨入り宣言というのは気象庁のフライングだったようで、今年が空梅雨ではなくて梅雨入りが遅かっただけのようです。

    さて、
    私が学生のとき(80年代前半)語学か何かの授業で、自分の尊敬する人言うという機会がありました。
    皆、誰なのかな?と興味を持って聞いていたところ、「自分の親」という人が数人いたので私としてはおおいに驚いてしまったのです。(私は「ブラームス」とかなんとか言ったと思います。)

    私にとっては、「自分の親を尊敬している」というのは考えもしないことだったので印象に残っているのですが、こどもの頃からの家庭環境により醸成された心の奥に潜む想いは、誰かのアドバイスや道徳心などではとうてい変えることのできないものです。

    ですから、無理をして「忘れる」「変える」などとは思わずに、成長とともにいろいろな立場の方と会い触れあうことにより自分を客観視できるようになったり(そう努力したり)、自分も親のそのときの年齢や立場に近づくことによって親の立場も少しは分かってくることにより分かることもある、というところだと思います。
    *実際は、そんなに簡単ではありませんが・・・・

    家族というのは他の人間関係とは比較にならないほど濃密なものなので、そして外(第三者)からは計り知れない部分が多いので、難しいですね。

  2. これは本当に重いテーマですね。でも、重いからこそ自分の人生にとてつもなく大きな影響を及ぼす
    ことなので、目をそらさずにしっかり向き合わないといけないですね。それによって自分を「恨み」の感情から解放する(あえて忘れようとしなくていい、ただ、自分の気持ちが楽になるようにする)ことが
    できるのでしょう。「親が~~」は、吃音の方だけでなく、他のコミュニケーション障害・発達障害を
    もつ方からもよく聞きます。わたし自身もそういう経験がありましたので、痛いほどよくわかります。
    だからこそ、おっしゃるように、セルフヘルプグループへの参加や、自分を理解してくれる専門家をみつけることなどによって、自分の育った環境を客観的にみられるようにしていくことが、とても大事ですね。
    キーワードは、まさに「客観的に」なること、これにつきます。同感です。
    素晴らしい記事をありがとうございました。この記事を読んで、自分の生い立ちを客観視できるよう(それによって負の感情を減らしていける)になる人がひとりでも増えますように。

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