吃音:「その人本来の良さ」を損なってしまうかもしれない子供の頃からの吃音による苦労の連続(再掲載一部改編:初掲載2009年5月)

 (日常生活のコミュニケーションに支障があるような)ある程度以上重いどもりを持つ人の、「どもり」のための苦労による「心の疲労」を「心の歪み」まで進めさせてしまい、うつ病などの心の病気になったり人生そのものに悪影響を与えてしまわないようにするために、本人はどのように生き、家族などのまわりにいる人たちはどのように対処すべきでしょうか?
(短い文章で書ききれることではないのは承知の上で・・・)

 もともとは素直で積極的な子供だったのが、どもることによる耐えがたい経験を継続的にすることにより「暗く消極的な格」になってしまう(または、そのように見えてしまう)ことは希なことではありません。
*現在では自殺に至るような学校や職場での陰湿ないじめの問題もありますので、それらも考えなくてなりません。

 しかし、どもりのセルフヘルプグループなどの集まりに出てみると、「これがどもりの人たちか?」と思うほど、明るくよくしゃべり積極的な人が多いのに驚かされます。
*どもりの重さにより、また、その人がどのような環境に生きているのかによってこのあたりも大きく変わってきます。

 その場で思うことは、本来はこういう性格の方々が「無口で暗い性格」に思われてしまう。
また(学校や職場や家庭の)ある環境下では、そのように思われるような振る舞いを(結果として)してしまう。
 いわゆる「いい人」ほど、本当は深く悩んでいるのに周囲に心配をさせないように明るく振る舞ってしまうのです。

 どもることによる生活上の悩みや心の疲労を心の隅に無理矢理押し込んでいるとこころの疲労がどんどん蓄積していってしまう、ということがあるのです。
 心の疲労はあるレベルまでは我慢できてしまいますが、我慢しすぎると「うつ病」をはじめとする心の病になってしまいます。
症状が体に表れてきた時点では、治癒に何年もかかるような重い病状になっていることが多いのです。

 こんな事態に陥らないように・・・・・
★(家族、友人、精神科医など)ひとりで良いので、どもりの悩みを何のためらいもなく話せて受け止めてくれる人を持つことです。(「親友」が持てれば良いですね。)

★家族や友人、上司などに、できるだけ、どもりのことを理解してもらうように働きかけること。どもりを理由にしていじめられたり馬鹿にされたりしないような環境を自分で作り上げるように工夫する。
*今、自分がいる環境で、以上のようなことを実現できないようであれば、家族からの自立、アイターン、転職、転業などで、環境を大きく変えることも必要かも知れません。また、遠慮せずに思いっきり安心してどもれる場所(時間)があれば良いですね。

★自分を責めないこと。(ジコチューに生きること)
 まじめで良い人ほど、「どもっているのは自分の心が弱いからだ」などと自分を責めてしまいます。そんなことをしても良いことは全くありません。かえって症状も悪化するだろうし、心も痛むだけです。
 いまの世の中、ほとんどの人は自分が生きるので精一杯です。思いっきり「ジコチュー」に生きてください。自分では「自己チューすぎるかな」と思っても、たぶんそれで、傍から見ると普通に生きているくらいになると思います。

★(本人が望むならば)少しでもことばの流ちょう性を高めるための「言語訓練」をすることも良いことだと思います。
 この考え方には両極端の議論があることは承知しています。「どもったままでよい」という考え方と、「少しでも流ちょうにしゃべれるようにいろいろとトライすべき」という考え方です。
 ある場面では「どもったまま生きていこう」と感じた同じ人が、違う場面では「少しでも軽くしたい」と思うことがあたりまえのようにありますが、それは人間としてあたりまえのことです。そのような「人間的なところ」を大切にしましょう。

 いまの日本では、思春期以降(中学生以降)のどもりの方々に対して継続的にしっかりとしたカウンセリングを行ったり言語訓練を行う病院やリハビリ施設などは「事実上」ありません。
*「事実上ない」というのは、たとえ全国に数カ所あったとしても、それはないと同じことだからです。
*それ以前の小さな子供に対しても残念ながら同じような状況ですね。

 ですから、結果的に、セルフヘルプグループに参加したり、そこで知り合った仲間うちでサークル的な活動をするしかないのです。
 しかし、その仲間うちのサークル活動が、思いのほか(結果としてですが)どもりを軽くしたり、症状はそのままでも元気が出てきて、いままではできなかった就職ができたりすることがあるのです。
*注意しなければいけないことは、グループ内での「重い人」と「軽い人」などのいろいろな「違い」を考えながら活動していかないといけないということです。注意を怠ると、悪意はなくてもお互いにこころを傷つけあってしまう最悪の結果になりかねません。お互いの「違い」を尊重し、思いやりながら進めていくことが必要です。

 とにかくいろいろな考え方がありますが、いま、自分が生きている場所(職場・学校など)に少しでも「適応」できた方が現実を生きていくのが楽ですから、ここであえて提案しているわけです。
人生にはどもりでなくても苦労の種はいくらでもありますので、これ以上ふやさなくても良いでしょう。

 とにかく自分を大切にしてください。必要以上の無理や我慢をして、こころの病気にならないように工夫して、自分を上手に守って良い方向に持っていきましょう。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中