日本の吃音者の置かれている「厳しい現実」をあらためて知り、社会に広く知らせていくことが必要です(再掲載一部改編:2012年2月26日)

 子供から大人までのどもりを持っている人たちは、様々な環境のなかにいて、さまざまな生き方をしています。
「どもり、吃音者」といっても重さも症状も実に様々なのです。

 傍から見て、ほとんどどもっていることがわからないようなごく軽い人から、はっきりとどもりがわかるように発することば毎に顔を大きく歪ませながら絞り出すようにしか言葉を発することができない重い吃音者までいます。

★どもりで就職できない(正社員になれない)、
★どもりを原因として学校に通えなくなり引きこもってしまう、
というようなことは、もちろん大きな問題ですが、
 傍から見る限りでは、かなり軽いどもりに見える人たちも、実は、心のなかはいつもギリギリで、学校や会社に行くのがいやでいやでたまらないというケースもいくらでもあるでしょう。
*それでも実際に登校できている、就職できている、会社に通えているだけでも良いのかもしれません。

 学校の勉強や仕事自体ががいやなのではなくて・・・、
★学校では授業中にどもってしまいまともに発言できないのがつらい。
★社内で電話を取るたびに会社名が言えなかったり自分の名前が出てこないで恥ずかしい思いを日常的にすることがつらい。
★訪問先の会社の玄関受付においてある社内電話で相手を呼び出すことがなかなかできない。

 そのような経験を日常的にすることに耐えきれなくなりつつある自分を感じながら、ちょっとしたことから「死んでしまいたいな」などという誘惑にも襲われながら、表面的にはごく普通のような顔をして毎日を生きている。

 そのような吃音者の現実があるにもかかわらず、まれにテレビ(といってもNHK教育テレビなどの福祉系マイナーな番組)などで紹介される吃音者は、比較的軽い方の軽い様子を(結果的に)放映してしまっています。
 その方たちの様子にしても、どもって困っている様子、たとえば電話で自分の名前や会社名が出てこずに顔を大きく歪ませているような核心の場面が出てくることはほとんどありません。

 これでは、その番組をたまたま見たどもりでない方や吃音者を身内に持つ家族は、「やはりそうか、どもりといってもたいしたことはないんだな。今度同じ職場にいるAさんにあったら、「どもりは努力すれば治したり軽くすることができるのだからがんばれよ!」と力づけてあげよう、ということになってしまいます。

 吃音には重さの違いや症状の違いがあります。
 また、その人のいる環境が劣悪ならば、傍から見て軽く見えるどもりでも生きていくのが辛くなる場合もいくらでもあるでしょう。

 深刻なケースほど、家族が世間体から家族内で処理しようとして隠している場合が多く、本人も通学も就職もしないで引きこもっていたりするので、
 また、比較的軽い場合で、なんとか学校に通えたり、職場で働けている場合には、吃音者本人が目立たないように静かに生きている場合が多いので、問題の深刻さがなかなか伝わりません。

 これではいつまでたっても良い方向に進みません。

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