吃音問題について、改めて「シンプル」に考えてみる(再掲載一部改編:2010年12月21日)

 戦前から昭和30年代(1950年代)までは、「どもり治療」と言えば、ごく一部の例を除いては民間療法しかありませんでした。
 昭和40年代、小中学校に通級学級の「ことばの教室」が設置されだしたころが、日本における「吃音(児)者に対する公的なサポート」の始まりだと思います。
*例外的に明治期の「楽石舎」があります。
参考:吃音への取り組みの変遷

 それから40年以上たちましたが、吃音児(者)を囲む状況は大きく改善されたのでしょうか?
ぜひ、全国規模で調査してほしいものです。
 それも、民間の調査機関が利用者側(子供とその親)にアンケートする形で調べて、その結果を公開していただきたく思います。

 さて、今回は、「どもりの問題を改めてシンプルに考え直してみよう」というテーマで書いていきます。

 どもりはその重さや症状により人生に与える影響が大きく違いますが、場合によっては小学生の子供ですら自殺を意識するような「つらい」ものであり、その後の進学や就職、つまり人生全般に大きな支障をもたらすものです。
あえて、はっきりと書きましたが、この現実を無視しての吃音者対策などは机上の空論でしかありません。
 現実を踏まえてプラクティカルな対策を練るべきでしょう。

 他者との関わりのなかで、また、何かのグループに属して、その中で学んだり働いて生きていくというシステムの現代社会では、自分が属しているグループのなかに、「吃音に理解がないか」、「どもることをいやがる人がいること」を前提にして、
そのような現実のなかで、できるだけ生きやすいようにサポートするシステムを構築するべきです。

 吃音者の抱える問題は、なんといっても就職の問題がいちばん大きいと思います。
 障害を持っていない人でも就職(正社員)が難しい現在、ある程度より重い(日常生活に支障があるくらい)どもりをもった人が、民間企業に就職することは極めてたいへんであることは容易に想像できます。
*特に、事務職や営業職。

 もしも、コネを使って就職できたとしても、入社後の職場が「針のむしろ」になってしまうかもしれません。

 世の中のIT化の進展とは裏腹に、働く人にますます求められてきているスキルは「ことばによる高度な交渉力」です。
もちろん、仕事にはいろいろありますね。農業、漁業、林業、自由業(?)、職人・・・など。
 しかし、都市部のサラリーマンの子供がいきなり農業を始めるのには無理があります。
*今後もしばらくはこの状況は変わらないでしょう。

 これからは、どもり出した子供の頃より、(きちんと教育され豊富な臨床経験をもつ)言語聴覚士や、彼らをバックアップするスーパーバイザー(大学や研究所のどもりの専門家や精神科医、また、吃音経験者)がチームを組んで、学校の先生や親御さんと連絡を取りながら、長いスパンで、どもる本人のサポートや、本人が子供の場合には親の教育やサポートをしっかりとを行なう必要があります。

 子供の頃からどもることで悩むあまりに、うつ病や不登校にならないように、気軽に専門家のカウンセリングが受けられるようにすることや、本人の希望があれば、気軽に言語訓練も受けることができるように環境を整えることも是非とも必要です。

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