吃音:自分で感じていることを大切にする

 どもりを持っている人で、「困っている」「悩んでいる」「追い詰められている」「いっそ、死んでしまいたい」など、大きく悩んでいる人は多いと思います。
*いつも書いていますが、どもりはその重さ・症状の違いにより人生に与える悪影響は天と地ほどの違いがあります。また、子供の頃の家庭環境や学校の環境によっても大きく左右されると思います。

 特に小学校~高校までの学生時代は、せまい教室のなかで一日中ほぼ同じメンバーと一緒に話すことをメインとする活動をするわけですから、コミュニケーション(この場合は「話すこと」)に障害を持つ吃音者にとっては、自分を追い詰めるために学校にきているようなもので、なんとも自虐的な世界です。
 そのうえ、まじめな人は、「自分が悪い」とか「自分の考えが甘い」などと思い(または、誰かから根拠のないことばを投げかけられて)ますます自分を追い込んでしまいます。

 どもりは言語障害ですから、治療方法が分かっていればしかるべき治療を受けて治した後に日常生活や学校生活、仕事に励めばいいわけですが、医学的に原因が解明されていないので、投薬や手術による根治療法が存在しません。
*ことばを発するという脳のメカニズムは、いまの人類の科学水準では難しすぎます。「脳のここの部分が壊れている、または、機能障害に陥っているので、ここを手術すれば良い、薬をつければ良い」という時代が来るまでにあと何百年かかるでしょうか?

 また、確実なリハビリテーション方法も確立していませんので、「ゆっくりしゃべろう」とか、「メトロノームに合わせて・・・」などというなんとも前世紀的というか19世紀的な対応しかないのです。
*「自分はこうやって軽くなった?、治した?」という経験値から出発した明治時代から連綿と続く民間のどもり矯正所やその流れの人々の言うことの方がなんとなく説得力を持って「いま悩んでいる吃音者の心のなかに」届くのです。

 前置きが長くなってしまいました。
 今回は「自分で感じていることを大切にする」と言うことです。

 確実な治療方法がないいま、
「自分が感じている(感じてきた)どもりで困ってきたこと」、
「家族、クラスメイト、先生、同僚、上司から感じている(きた)プレッシャーや、投げつけられたイヤなことば」
 などを、我慢したり心の中にしまおうとせずに、もう一度思い出してみましょう。

 そして、つらいですが、それらをもう一度心のなかで味わってみて、自分がいままでいかに我慢する必要のないことを我慢してきたか(我慢させられきたか)考えてください。
*怒りがこみ上げてくる方も多いと思います。

 しかし、このままでは生産的ではありませんから、これからどうしたらよいかを考えます。
いまの時点で直せることはないだろうか?ということです。
 家族のなかでの人間関係、学校や職場での人間関係などを、こちらから働きかけて直せるものがあれば直せば良いし、どうしようもない場合で、このままその環境に居続けることが自分にとって悪いことならば、その場から離れる(学校を転校する、転職する)計画を作るべきでしょう。
*家族から投げかけることばが心を必要以上に傷つける場合は「家庭内の暴力」ということになります。

 まずは「自分(のこころを)を守る」というところから考えてみましょう。
*どもりのセルフヘルプグループに参加して、どもり仲間のいろいろな経験談を「参考程度」に聞くようにしたり、信頼できる精神科医や臨床心理士を見つけて継続的なカウンセリングを受けられれば、独りよがりに陥らずに自分の陥っている事態を客観視できると思います。

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