いまの日本で、吃音を持ちながら苦労している方々に対してのプラクティカルなサポートはあるのか? (再掲載一部改編:初掲載は2008年8月)

桜の半蔵門

桜の半蔵門

 私がどもりで悩みまくりの少年~青年だった70年代中頃後半から、大学卒業後に就職の失敗し、引きこもりうつ病を経て、なんとか就職できてサラリーマン(営業マン)としてもがきながら生きた80年代末から90年代…
当時(70年代~90年代)、どもりで悩んでいる私をサポートする体制は私の手の届くところには存在していませんでした。
*当時も言友会などのセルフヘルプグループは存在していたはずですが、インターネットがなかった時代にその存在を知るチャンスは限られていたことと、たとえ知っていたとしても、漠然とした不安や情報不足などから、セルフヘルプグループの戸をたたくことはできなかったでしょう。

 手に届くところに唯一あったものは、民間の「どもり矯正所」でした。
*いまも、矯正所の形は変わりましたが、状況は似たようなものです。
*子供の頃から、街なかの電信柱の広告やマンガ本の隅っこに小さく宣伝記事が載っていて、気にはなっていた存在です。

 子供の頃からのどもりの苦しみも家族には理解されず、大卒後も就職できず、ひとりで突っ張って生きてきた自分の心が燃え尽きたかのようにぷっつりと折れて、20歳代中ごろにもなってうつ状態になりひきこもっていた私がやっとの思いで通いだしたのは民間のどもり矯正所でした。

 そこでの「訓練」は、医学にも心理学にも素人の私にさえわかるほど「子供だまし」でした。
 しかし、そこには、「どもりの友人」ができる環境がありました。
10人くらい入る小さな部屋で、同じ「どもり」という悩みを持った人が全国から集まるわけですから、自然と友達になり、話しあったり、飲みに行ったり・・・
 それで私は救われました。
自殺せずに、この世に踏みとどまることができました。

 現在、かつての私と同じような立場に置かれている人はどうしているのでしょうか?
 今では、インターネットでセルフヘルプグループの存在も知ることができるし、いろいろな人のどもりに対する思いや経験談を見ることができる。便利な時代になったものです。

 特に、ここ10数年は、web上の様々なサービス、SNSやブログなどで、誰もが簡単に自分の考えかたや経験を世界中に発信できるようになりましたので・・・、
かつてはどもりのセルフヘルプグループで知り合って、ある程度親しくなってからはじめてできたような深い話を、(場合によっては)ネット上で接することができるようになり、情報や考えかたを簡単に交換できるようになりました。

 しかし、どもりの人を取り囲む客観状況、特に就職については、私が悩んだ70年代後半~90年代半ば頃よりも遙かに悪くなっています。
*バブル崩壊後の失われた20年、そしてリーマンショック後の就職事情の劇的変化が背景にあります。

 社会が、急速に進んだIT化とは裏腹に、「言葉による高度なコミュニケーション」をますます重視していること。
それは何を意味するかというと、(ある程度以上の重い)どもりでは、他の能力は高くとも正社員として(それなりの企業)に就職できにくくなったことです。
 アルバイトで時給1,000円くらいの給与を得ていても、社会保険もつかないし、いくつになっても親の庇護下の生活しかできず、結婚はできません。

 一般の民間会社は、採用する際に、実務に支障が出なければ、つまり他の社員と同じ結果を出すような人ならば、「どもろうがどもるまいが」それほど気にしないでしょう。
 しかし、(かつての私のように)、どもりで悩んでいる人というのは「ある程度以上重いどもりでコミュニケーションに支障が出ている」から悩んでいるのです。

 学生時代に日常生活レベル、つまり友達や友達の家に電話をするくらいの簡単な電話でも支障が出るくらいのどもりであった場合には、就職したとしても日常の業務に大きな支障が出てくることは間違いありません。
 このような状態で、たとえ強力なコネを使い就職したとしても、新人研修でパニックになり会社に足が向かなくなるかもしれません。

 家庭的に裕福で、学校を出てもしばらくは就職しなくても良い環境でものを考えられるような立場にいたり、専門学校などに通わせてもらい、資格を取れるようなモラトリアムが与えられる人、
 就職についても、いわゆるコネで言葉を使わなくても良い(言葉を使うことが仕事の主要な部分でない)仕事に就けるような環境に居る方は良いかもしれませんが、多くの方はそのような恵まれた環境にはありません。
*(かつての私のような)そのような人たちの問題こそ、どもりの問題の中核です。

 このような「現実」に対して、誠実に、そしてプラクティカル対処していかないと、どんな哲学的な言葉を掲げたとしても、なんの救いにもなりません。

 30年、50年という長期的な視野で考えたときには、大学医学部や国立の研究所などでの本格的な研究が必要で、何十年後かに最終目標を設定し基礎研究から計画的に行なって行く必要性があるでしょうし、
短期的に見たときには、「どもりで就職できない人」や「引きこもりになっている人」などに対して、心理カウンセリングや就職指導を行なうことや、また、希望があれば現在できる最良の言語療法を受けることができるようにすべきです。

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