吃音者が日常生活のコミュニケーションを少しでも円滑にするために、また、希望する仕事に就くために、ことばの流暢性を維持し高める工夫をすることと、希望通りにいかないときに諦めて別の生き方見つけること (4回分のまとめ)

 2月16日、2月22日、3月5日、3月14日、と書いてきたものをまとめて掲載します。

1回目*******

 今回は、比較的軽い吃音者を想定して書いています。
 そもそも「比較的軽い吃音」とはどういうことか。そのような専門的な定義など存在しませんが、ここでは仮に、以下のように考えます。

★日常会話における基本的な意思疎通に大きな障害が生ずるまでには至らない。買いたいものを注文でき、食べたいものを言える(どもりながらでも結果的に目的が達成できる)
★症状に波がある。自分ではほとんどどもっていないと感じられるほどに軽くなることが定期的にある。
★授業中の発表や、面接を受けたり電話をかけるときに、自分の名前や会社名その他の決まり文句を言うのに数秒から数十秒にわたり(必ず)激しくどもる、(最初のことばが出てこないか言葉を大きく繰り返す)ほどではない、

 なぜ、今回、「比較的軽い」にこだわるかというと・・・、
 何気ない日常会話においても常に激しくどもるような重い吃音をもっているケースに同じ考え方(言葉の流暢性を高める努力をする)をすることは、かえってその人のこころを追い込んでしまうと思うからです。

 こう考えること自体吃音者の差別化ととらえられてしまうかもしれませんが、それは私の本意ではありません。
 あくまでも、今回のような設定状況においてプラクティカルに考えたいということで読んでいただければと思います。

 どもりを原因としてその人の人生にに起こる様々な問題は、症状や重さの違い、本人を取り巻く心理的・経済的環境(特に子供~思春期後期くらいまで)の違いにより大きく変わってきます。(同じ「どもり」ということばでくくってしまって良いのか迷うほどです。)
 どもりには、生活にはほとんど影響を及ぼさないようなごく軽いものから、人生を大きく変えてしまう深刻なものまであります。

 どもりを持っていても、一般的な職場でどもりを持っていない人と同じ内容の仕事ができるくらいの方もいれば、それが無理な方もいらっしゃり、その中間、つまりボーダーライン上の方もいます(私はこれに当たると思います)

 時間の経過による変化も見逃せません。
 吃音の症状は、長い人生のなかでは、かなり軽くなる場合もあればぶり返しもあります。
思春期~20代くらいまではそれなりに重い吃音であったのが、いろいろな人生経験を経て、一般的な仕事にも影響しないくらいに改善される例もありますし、その同じ人がある日急にぶりかえす場合もあります。

 学業や仕事の本来的な能力には問題はないのに・・・
 いざ、人と話すとき(直接や電話で)や人前で発表する場面になるといきなり躊躇したように激しくどもったり、自分の名前や会社名などの間違えようもないことばがなかなか出てこない、
ま たは、大きくつまずくように発音するなどのいわゆる「どもる」ことやそれにまつわるストレスで、結果的に学業や仕事、ついには日常生活まで悪影響を及ぼす(仕事や勉強に手がつかなくなる。
うつ状態になり日常生活がこなせない)ことは、結果的にその人の社会的な立場を弱くしますし、生きていくことすらつらくする場合もあります。

 世界有数の先進国である日本においては、障害を持っている方も健康で文化的な最低限の生活が保証されるように、各種訓練や治療、カウンセリングを安心して受けられるようにしなければなりません。
持っている障害に応じて働くことができるように、公的機関が最大限のサポートをすることは、本人にとっても周りにとってもとても良いことだと思います。

 前置きが長くなりましたが、「比較的軽い吃音者が希望する仕事に就きたいのに、どもることがネックとなって就けないことや、就いた仕事が長続きしないことをなんとかしていきたい」また、「日常生活のコミュニケーションや学校、職場でのコミュニケーションを少しでも円滑にしたい」というテーマで書いてみたいと思います。

 いま生きている環境やこれから目指す方向に「適応」できるように、できるだけ言葉の流暢性を高めるための方法として、医者などの専門家の選択、カウンセリングの受け方、言語訓練の仕方、本音を言える仲間の作り方、どもりを苦労をしながらでも自分の心を安定した状態で保つ工夫などを書いてみます。
 また、最大限努力しても、どもりのために自分の希望がどうしても達成できない場合の「自分のこころの処理の仕方」についても考えます。

 テーマには以下のようなことがあるのではないかと思います。
★「どもりにこだわらないこころ、考え方」と、「思いっきりこだわってよい」という相反する心の動きを自分の中で認めてあげること。
★現実(どもりの重さや症状の現状と、家族の精神的・経済的バックアップの状況)を踏まえた上で、できるだけ自分の希望する人生を歩んでいくには?
★「社会に適応するためにいろいろと努力するという考え方生き方」を受け入れて動いていくことができるか?
★「自分にとってギリギリの人生を生きていくか」「楽な人生を指向するか」?
★こころを病まないように注意しながら生きていく方法
★吃音仲間の大切さと、グループのなかの人間関係で傷つかないようにすること

 まずは緊急対応の話からしなければなりません。
 どもりを持っている状態、それも比較的軽いといっても、家庭内の会話、電話を使うとき、学校や職場での会話や、発表、会議などで少なからぬ支障があるはずです。
 また、昨日は比較的調子が良かったが、今日は朝から絶不調でおはようの「お」すら出てこない。どうしよう・・・なども日常茶飯事のはずです。

 そんな状況下で、どもりがネックとなって仕事上の問題が出たり、学校や職場でいじめにあったり、また、まわりに本音を言える人がいなかったりすると、ストレスが限度を超えてしまい「うつ病」などのこころの病気になってしまいます。こころが追い込まれてくると発作的に自殺を考えてしまうことがあり大変危険です。

 そうなる前に、精神科・神経科の病院にかかることをおすすめします。
 神経科・精神科のほかに、心療内科というような名前もありますが、大病院はともかく個人病院の場合は、「精神科」としてしまうと敷居が高くなってしまうので、実態は精神科でもそのように名前を付けている場合が多いようですね。
*、「うつ病」が、バブル崩壊後に国民病と言われているほど一般的になり、精神科にかかるためのわだかまりというものはなくなってきていると思います。

 さて、どもりで悩んだ方が思いきって精神科医にかかったとしても、先生のどもりについての知識のなさに驚くと思います。ほとんど知らないのです。
 ですから、こちらから教えてあげましょう。

 どんなに悩んでいるか、ことばではなかなか伝えられないはずですから、日常生活でどもりによりどんなふうに悩んでいるかを日記などに記録しておいて、それを読んでもらうのです。
 こころの病気の専門家という立場からできる限りのアドバイスをしてくれると思います。
*、精神科・神経科はにかかるには、大学病院のような大病院にかかると診療時間が短くてゆっくり話ができないし、また、街なかの個人病院の場合には先生と患者が合わなくても先生を替えることができません。

 理想は、中規模の病院で、精神科医が複数いて自分と合わなかったら替えられることと、医師の下に臨床心理士がいてたっぷりと時間をかけてカウンセリングしてくれることです。いまはインターネットでも病院情報はとれますので、悔いのない医者選びをしてください。
先生を替えてばかりもいけませんが、自分とは合わないな、とか、信用できないな、と感じたら、早めに先生や病院を替える決断も必要です。

2回目*******

 前回(2013年2月16日)は緊急対応のところで終わりました。
今回は、「ことばの流暢性を高めること」について書きます。

 以下に列挙した、「注意しなければならないこと」も踏まえながら書いていきます。
★「どもりにこだわらないこころ、考え方」と、「思いっきりこだわってよい」という相反する心の動きを自分の中で認めてあげること。
★現実(どもりの重さや症状の現状と、家族の精神的・経済的バックアップの状況)を踏まえた上で、できるだけ自分の希望する人生を歩んでいくには?
★「社会に適応するためにいろいろと努力するという考え方生き方」を受け入れて動いていくことができるか?
*「適応する」ということに批判的な考え方を持つ方がいらっしゃいます。
★「自分にとってギリギリの人生を生きていくか」「楽な人生を指向するか」?
★こころを病まないように注意しながら生きていく方法
★吃音仲間の大切さと、グループのなかの人間関係で傷つかないようにすること

 今回も「比較的軽いどもりを持っている場合」について書いています。

 さて、本題に入ります。
★どもりを持っている人が日常生活レベルでのことばの流暢性を高めたいと思ったり、
★希望する(就きたい)仕事の内容が、人と話したり交渉することがメインになる場合、
★どもることで職場の同僚に迷惑をかけたり仕事の流れに支障を来してしまい、その職場に居づらくなったり、(事実上の)リストラをされないようにするために、いま持っていることばの流暢性を最低限維持したり、言葉の調子の波をできるだけ小さくするためにもいろいろと工夫していく必要があります。

 それにはまず、「どもることを自分のなかで受け入れて、どもりながらでも伝えるべきことは伝えていく」という気持ちをしっかりと持つ、ということを考えます。
 そのためには・・・、
 どもりながらでも自分の意思を言葉で伝えていくことを訓練する(ということは人の前でどもることに慣れる)ことが必要です。
*「これからはそのようにしよう!」という決意だけではどうにもなりません。

 そこで・・・、例えば、
 家族の前で定期的に、「どもり治しの練習をする」と言って、雑誌の記事や新聞の記事の一部を大きな声でゆっくりと読んでみる方法があります。

 その際に、いわゆる「引き延ばし法」(のようなもの)を使い、最初の音を長く引くまたは全体的に音を引く方法で、家族の前であえて練習をしてみるのです。
*家族関係にもよりますが、吃音者本人にとってはかなり敷居が高いことだと思います。

(第1音を引いてみた例)
例文:安倍首相はオバマ大統領との会談のために訪米します。
(練習のしかた)
あーべしゅしょうは、@おーばま@だーいとうりょうとの@かーいだんの@たーめに@ほーうべい@しーます。
*@はブレスの(息を吸う)位置です。ここでは意識して息を大きく吸います。
*音を引くところでは、1秒程度は音を引きましょう(結構長いので明らかにヘンな話し方となります)

 これは、昔から民間のどもり矯正所などで伝統的に行なわれてきたことです。これを忠実に実行すればほとんどのどもりはその場で「治ります?」。
 しかし、「これでほんとうに治るものではない」ことはおわかりのことと思います。「こんなヘンな言い方で話すくらいだったら、どもったままの方が良い!」ということになりますね。

 この方法は家族に「私はどもりで困っている」ということを知らしめる効果があります。
 本人にとってはとても恥ずかしいことなので、(最初はかなりの心理的な抵抗があるはずです)、自分がどもること受け入れて、どもりに対する周囲の反応に慣れる効果もあります。

 けがをしたり、病気になったときにリハビリをすることがありますが、リハビリ中の本人に向かって家族や友人が、「リハビリをするな!」という人はいませんね。
 それと同じで、「私はどもり治しのリハビリをしているんだ!」といって堂々とやれば良いでしょう。
*早口気味の方などにとっては実際にどもり軽減の効果もあるかもしれません。

3回目*******

 今回も比較的軽い吃音者を想定して書いています。(詳しくは、1回目か2回目の書き込みをご覧ください)

 前回(2月22日)は、あえて、どもりを軽くするためと称して家族の前でことばの訓練をすることにより、
★家族に自分がどもりで苦しんでいることをすこしずつでも分かってもらうこと
★自分がどもりであることをあらためて自分のこころのなかで確認する
 ということを書きました。

 具体的には、民間無資格吃音矯正所で昔から行なわれていたような、ゆっくりしゃべることを中心とすることばの訓練(のようなもの)を、あえて、家族の前で行なうことを提案しました。
 しかし、これは、吃音者にとってはかなりハードルが高いことです。他人の前ならならまだしも、身内の前でどもるところを見せたり、どもりに関することを話すことは、(話そうとしてもまともに聞いてもらえなかったと経験があり)、抵抗を感じる場合が多いのです。
*「そうではない、家族の前で抵抗なくどもりについて話せる」という方は、かなり恵まれた家庭環境にいると自覚すべきです。

 今回は
 ことばの流暢性を維持・向上させるための具体策・ヒント
(徐々にプレッシャーのかかる環境で人と会話をしていく)
 ことについて考えます。

★電話が苦手だったら・・・、
 朝起きてから学校や会社に行く前に、固定電話の受話器や携帯電話を持って電話をかけるシミュレーションをしましょう。
*夜間でもかまいません。吃音仲間がいればかけ合うのも良いと思います。

 かける際は、本番と同じように、自分の名前や会社名からはじめましょう。

 実際にかけなくても良いのです。受話器を持って、こちらからかける場合や受ける場合のシミュレーションをするのです。
 特に出にくい名前や会社名は、また調子の悪いときは、つとめて、前回(2月22日)書いた方法で、かなりーオーバーに音を引きながらゆっくりと行なってみてください。
*いろいろな話し方(スピード、息継ぎ、自分なりの工夫)で、試行錯誤しましょう。
*自分の携帯から留守録に設定した自宅の固定電話にかければ、自分で確認ができます。
*つきあってくれる友達(吃音者、非吃音者どちらでも)がいればそれに越したことはありません。グループで行なっている場合は定期的に話し合う場をもつとさらに良いと思います。
*104の電話番号調べを使い、言いにくい会社の番号を聞くのも良いですね。

 毎回練習が終わったら、専用のノートに実施状況と、反省点などを書いておきます。
*小さなノートを買って常に携帯し、自分の言葉の状態、気がついたことなどをメモしておくと良いでしょう。

★休日や平日の夜にどもりなかまで公民館の部屋などを借りてできること
*これが、どもりのセルフヘルプグループの原点ですね。

 このブログに何度も書いていることですが、例えば、サイコドラマをやってみることです。
 自分達の苦手な場面、いま困っている場面を部屋で再現してみます。

 あなたが学生で授業の本読みや発表が苦手ならば、メンバーのなかで、先生役、同級生役を決めて、机もそれらしく並べて授業を再現してみます。
 同じどもり仲間ですから、大いにおおらかにどもりながらでも、いろいろと試行錯誤できますね。
*グループで行なう場合は気まずくならないように気の合う仲間でルールを決めて、また、進行役を決めて、和気あいあいとした雰囲気で行ないます。
*「私の場合はこうしたらうまくいった!」などの経験談も良い参考になります。
*複数以上のメンバーならば、いろいろな民間矯正所に行ったり、言語聴覚士かかったことのある人もいるでしょう。いろいろと試してみます。

4回目*******

 いままでの3回で書いてきたことを要約すると以下のようになります。
1,どもることによりこころがパニック状態になるまで追い詰められている場合には刹那的に自殺をすることもあるので、そこまで追い詰められる前に精神科医などの専門家にかかり最悪の事態にならないように対処します。
2,家族や友人、同僚に、自分がどもりで大変悩んで困っていることをアピールし、どもりを持ちながら生きていることの大変さを理解してもらい、生きている環境を少しでも自分にとって良い方向に持っていくこと。
3,(専門家の助言も得ながら)自分(達)で工夫して、どもることに慣れ、さらにどもりの症状を少しでも和らげていくように努力します。いま生きている環境(学校や職場)にできるだけ適応できるようにします。

 しかし、努力してもどもりの症状は一向に改善されないなど、厳しい現実と向き合わなければいけないことはいくらでも出てくるでしょう。
 また、良くなりかけていたのに、急にまた悪化することもあたりまえのようにあります。
うまくコントロールができないのが、どもりの真実です。

 そこで自分として・・・
1,自分で判断する(見切る)
2,これからの生き方を模索する
*親しいどもり仲間と悩みを共有していく
3,新しい人生をはじめる
 ことを考えます。

1,自分で判断する(自分を見切る)
 試行錯誤の内容は質も量も人により違ってくるでしょう。
自分として「とりあえずできることはやってみた」と思えるまでに、数ヶ月かかる方、数年かかる方、また数十年かかる方もいらっしゃるでしょう。

 しかし、人生の時間は限られているので、どこかで区切りを付ける必要があります。自分で自分に(あまり良い表現ではありませんが)「見切りを付ける」必要があります。

2,これからの生き方を模索する
*親しい(どもり)仲間と悩みを共有していく
 文字通りで、今後のことを考えることです。
文字にすると簡単ですが、この作業がいちばん大変だと思います。
 その際には「精神的に孤独にならないように」人生の大切な部分を共有できる友人や配偶者などが必要です。

3,そして、新しい人生をスタートさせます。

*4回目(最後)は、あっさりと書きすぎてしまいました。あとで補足するかもしれません。

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