吃音:自分の「やるせないこころ」を処理し人生を進めていくことの難しさ(再掲載一部改編:初掲載2010年5月13日)

 私は、大卒後、吃音を理由(口実)として就職できず(せずに)に約2年引きこもってしましました。
*いまになって思えば、就職しようとすればできたはずです。言葉を使う仕事に自信が持てないならば、使わない仕事に就けば良かったでしょうし、いわゆる「コネ」で就職するという方法もあったでしょう。

 しかし、当時の私には変なこだわりがありました。
「もしもどもりでなかったらいまの状況にはない。どもりということだけでこんなに惨めな立場にいるのだ。」
 これには、正しい部分もあるでしょうし、甘えの部分も大いにあるでしょう。

 子供の頃より、学校ではどもるたびに笑われ、それを予期して悩んだり震えたり、家庭でもどもりの苦しみを理解されず、どんどん精神的に追い込まれていく。小学生の頃より自殺を考えるような子供でしたが、表面的には明るく振る舞っていたことはいうまでもありません。
(あとで、セルフヘルプグループを作ってみて、同じような経験をしている方が少なからずいることを知りました。)

 そのように精神的に追い込まれていた少年であった私を守る唯一の方法は・・・、
「いまのどもっている自分は本物ではない。大きくなれば嘘のようにどもりはなおり、電話も発表も教科書の音読も自由にできるようになる。」と思うことだったのです。
(何回か書いている自己不一致の問題です。)

 その後もひたすら(外に対しても、自分に対しても)良い人を続けてきて、どうしようもないところまで追いつめられて「ひきこもり」という結果になったのだと思います。

 私の場合、「自分がどもりという障害を背負っていて、どもらない人が当たり前にしゃべれることさえうまく言えないこと」をこころから理解し、必要に応じて第三者にほぼ躊躇なく自己開示ができるようになったのは人生経験を経た30代の半ば以降です。

 「どもることによる圧倒的な敗北感を感じるような経験」を子供の頃から繰り返しているような場合は、人生に影響を与えてしまうような「マイナスの感情」を打ち消すには、子供だましのような心理療法などはほとんど意味をなさず、それを超えるような人生経験を積むこと(つまり苦労すること)しかなかったと思っています。
*本来、そのような状況はあってはならないのです。人生の基礎工事の段階である少年期に悩みを打ち明けられるプロフェッショナルがいなかったということは大きな問題です。

 私の少年時代、大きく悩んだ70年代末と比べて、今が変わっているかと言えば何も変わっていません。
 育った世代で考えれば、私のように高度成長期に生まれた世代と違い、戦中か戦後まだ焼け跡がある世代に育った人ならば、どもろうが生きていくために働かなければならなかったでしょう。
昭和も30年代くらいまででしたら、一億総サラリーマン志望ではなくて、都市近郊でも農家もあれば魚屋さんも肉屋さんも、雑貨屋さんもありました。色々な生き方が選択できる時代だったわけです。

 しかし、いま、昔話をしても仕方がありません。
いまでは皆が「会社」に入りたがっていて・・・、というか、特に都市部では選択肢がそれくらいしかなくなっていて、
その「会社」では当たり前のようにことばによる交渉をして電話をするという仕事のスタイルです。
 会社間、社員間の競争もさらに激しくなっているので、どもりの問題が良い方向に向かうはずはありません。

 我々が、やる気さえあれば近い将来に実現可能な対策としては、
「子供が街のなかの歯医者にかかるような感覚」で、気軽にいつでも「吃音に関する学識と豊富な臨床経験を持つ言語聴覚士、臨床心理士、そして、彼らをバックアップするスーパーバイザーによるチーム」に相談に行ける体制を作ることです。
 これだけでもかなりの効果あると思います。

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