小学生のこどもに自殺を考えさせるほどの吃音のつらさとは(再掲載:初掲載は2012年5月27日)

ちょっとまえのお茶の水

ちょっとまえのお茶の水

 今回のテーマ、「小学生のこどもに自殺を考えさせるほどの吃音のつらさとは」は、ちょっと刺激的ですが、どもりでない方やどもりの子供を持つ親御さんを脅かすためのではありません。

 どもりのセルフヘルプグループに参加して吃音者どうしで仲良くなってきて、飲み会などをしたときの「本音トーク」では出てくる話です。(親の前、学校の友達の前、学校の先生の前では決して言わなかった話です。)

 例えば小学生のどもりを持った子が毎日の学校生活のなかで、授業中、休み時間などのすべての時間、友達と話すときも授業中発表するときにも、すべての状況下で「これから発することばはどもるだろうか?」と恐怖を感じて、実際にことばに出そうとしても最初のことばが出てこなかったり、「どもりどもりのことば」が断片的にしか出てこなかったら・・・

 クラスメイトの視線や反応も含めて、こんなことが日常だったら、子供の小さな心はどうなるでしょう?

 こんな経験をした子が、誰にも言えなかったこころの中に突き刺さったとげを、大人になってからなんでも話せる同じ悩みを持つ仲間をもってはじめて言えるようになるのです。

*本当は困っているそのときに、「自分はどもりで自殺を考えるほど悩んでいるんだ!」と言える環境(言語聴覚士、精神科医などの専門家、学校の先生、親、誰でもかまいません)がないといけませんし、これからはそういうふうにしていかなければいけません。

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小学生のこどもに自殺を考えさせるほどの吃音のつらさとは(再掲載:初掲載は2012年5月27日)」への2件のフィードバック

  1. りんご様
    管理人です。書き込みありがとうございました。
    *個人情報保護の観点から地名の部分のみ「〇〇市」と変更させていただきました。

    1970年生まれでしたら、それも〇〇市ならばなおさら、ことばの教室は確実にあったでしょう。
    担任が子供のどもりについてそれなりの知識と理解があれば違う対応があったかも知れませんが、リンゴさんが体験したようなことは特別なケースではなくて良くある話しです。
    *そうであってはいけませんね。

    今後は、「どもりで悩んでいる子供のため」を第一として変えていかなくてはいけません。
    お互いにできることから少しづつでも動いていきましょう。

  2. 私は、小学三年生の頃からどもりを自覚してたと思います。国語の本読みでも、いつも、つっかえつっかえ。でも、言葉の教室があるなんて知らなかったし、親にも、どもりの報告は、いっさい、中学生になってもありませんでした。私は、1970年生まれです。1977年から1985年までは、そういう、言葉の教室とか、親への報告はいっさい、しない 時代だったのでしょうか。ちなみに、私の親が、吃音だと知ったのは、私が、32才のときに告白して、初めて知りました。全く、吃音だったことも、悩んでいたことも、気付かなくて、32年経過してしまいました。ちなみに、私は、小学校、中学生は〇〇市に住んでいました。

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