吃音の少年を扱った「中学生日記」を見ました

 国際エミー賞受賞のNHK中学生日記 転校生シリーズ『僕と君のメロディ』を見ました。

 最初は昨日の夜に録画で見たのですが・・・、
 番組最初のところの、クラスメイトの前での自己紹介で名前がなかなか出てこないところで見るのを止めてしまい、今日はじめて通してみました。(見ることができました)
中学校を出てからもう30年以上たっているのに、かつての自分がフラッシュバックしてしまい、見続けることができませんでした。

 番組は、本人が応募し出演する形であったこともあり、リアリティーがありました。
しかし、吃音者の苦悩を表現するには30分(実質はもっと短い)ではあまりにも時間が少なすぎます。また、ストーリーがもの足りません。せめて1時間あればさらに訴えるものがあったと思います。
 吃音者が観れば、彼の気持ちは痛いほどよく分かりますが、どもりを知らない人がいきなり番組を観ただけでは中途半端な理解で終わってしまうでしょう。そのあたりは残念です。
*本人にとっては、まさに、清水の舞台から・・・の心境だったでしょう。良く応募しました。彼の人生にとって大きな収穫があったと思います。(私が同じ立場の場合は、死んでも!応募しません)
*中学生日記は30分番組だったのだとあらためて思いました。
*「かえって、どもりについて間違ったメッセージを発してしまうのではないか」、「吃音者が日々遭遇している厳しい現実はあんなもんじゃない」、という気持ちを持っている吃音者もいらっしゃいます。(私もそう思います)

 彼の吃音は比較的軽い方だと思いますが、かつての私もあれくらいかな?と思いながら見ていました。
*名前を言う段階で大きな躊躇(言葉がさらになかなか出てこない=ブロッキング)が出ていましたね。比較的軽い吃音者でも自分の名前が言いにくいことばで始まる場合は(母音で始まる、カ行・タ行で始まる)、学生時代はもちろん、それ以上に、実社会に出てから苦労します。もともとは比較的軽いどもりなのに、自分の名前や会社名が出てこないことから全体的にどもりが悪化したり、結果的に会社にいられなくなったり、うつ病などになる人はあたりまえのようにいます。
*本人も番組で言っていましたが、吃音には波があるので、彼にとって軽いときだったのか?、それとも調子の悪いときだったのか?どちらかによってもかなり違ってくると思います。
*親御さんのバックアップはあるのでしょうか、ご両親の反応も見てみたかったですね。

 日を置いてもう一度見てみようと思います。

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吃音の少年を扱った「中学生日記」を見ました」への4件のフィードバック

  1. kay様
    管理人です。書き込みありがとうございます。定期的にブログを拝見させてもらっています。
    今回エミー賞を受賞したNHKの中学生日記は30分番組で、さらに受賞の紹介などが入り実質的な中身は20分~25分くらいでしたので、残念ながら中途半端な内容となっています。
    私のように吃音者本人が見れば、仕草だけで本人の苦しみまでも推し量ることができますが、知らない方が見た場合は「美しいストーリー」に感動して終わってしまうような危惧を抱きました。
    もう少し本格的なドラマにして(家庭内での親や兄弟との関係、学校でのいじめ、担任の対応を含めて)作ってもらえば、どもりを知らない人やどもりを持つ親御さんにとっても分かる内容になったと思います。

  2. 管理人です。
    りんご様 書き込みありがとうございます。その後いかがですか。
    どもりを持つ子供の現実は、リンゴさんが書かれているようなことが本当のところだと思います。
    「番組に出ることができた」ということは、家庭を含むまわりの環境が、どもりについてそれなりの理解がないと無理ですね。
    どもりを持つ子供の集まり(キャンプなど)がセルフヘルプグループで企画されることがありますが、深刻な子供は親に対してそういった集まりに参加することを言い出すことすらできません。これが現実です。
    30分(実質は20分くらいか?)という時間では、多分、番組に出た彼にとっても言い足りないことが多かったのではないかと思います。(でも、中学生当時の自分の心境を考えると考えられないことです。)
    彼にとっては「大きな第一歩」になったことは間違いないと思いますが、あの番組を観たいまどもりで悩んでいる子供や親御さんに不完全で断片的なメッセージ(「どもりながらでもなんとかなる」のような)が伝わらないか?が心配です。

    いつか紹介した女性中心の集まりへの参加も少しずつ考えてみてくださいね。
    お元気で。

  3. ここでは残念ながらNHK番組の視聴ができないので、どんな内容なのかはわかりませんが、テーマとしてはとても貴重だと思います。吃音に限らず、どんな障害であっても、程度は人によって大きく違います。ですから、視聴者もそのことを念頭に置いた上で見ているのでは(見てほしい!)と思います。
    わたしたちは、他の人の立場にたって物を見る・考える、という習慣を、もっと身につけたほうがいいなと常々思っています。それによって、自分にはないもの・経験したことのないことに対しても、想像力が働き、もっと配慮のある言動がとれるようになるはず。

  4. 私も昨日の夜に、主人が寝た後に中学生日記見ました。率直な感想を書かせて下さい。吃音の私から見て、言葉が発しにくいことはわかり気持ちもわかりました。でも、彼は、ちゃんとどもりながら、つまりながらでも話せてます。それに、回りに、あんなに優しい友達と出会うなんて、わたしは奇跡だと思ってしまいました。私の場合、小学校三年生の作文の時間に、友達に、私は、どもりますって、書きなよ!って、言われ、なかば強制的に自分のどもりの作文を書かされました。そのときに、私は、初めて、どもりという言葉を知ったのです。そして、自覚してしまったのだと思います。それからは、地獄の人生の始まりです。私は、中学生日記では、ちょっと吃音を美化しすぎだと思いました。授業中に本読みさせられて、言葉が出なくて、次の友達に回されて、みんなからはクスクス笑われ、吃音で辛い思いして、死にたいと思っている人も沢山います。それが、吃音の現実です。あの中学生日記は、非吃音者がみたら、こんなもんなんだって、思われてしまいます。でも、全然違う。私は、正直怒りさえわいてきました。こう思ってしまう私は、変でしょうか。もっと吃音者の苦しみや悲しみ、怒り、自殺願望、もっと生々しく世間に伝えていかなければいけないと思いました。

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