吃音と自殺願望(絶望を超えて生きるということ) (定期的に掲載 、一部改編:初掲載2008年8月6日)

 今回は「どもりと自殺願望」について取り上げます。

 どもりを持っている人と仲良くなり食事をしたり飲んだりすると、「過去に自殺しようと思った、または、実際に自殺未遂をした」という方がそれなりの数いらっしゃるのです。
 これは私にとっては不思議なことでもなんでもなくすんなりと受け入れられる話でした。なぜならば、私もそうだったからです。

 思春期の子供にとって、どもって授業中に答えられない、教科書が読めない、友達に電話ができない・・・などのことが日常的に起こると、生きていくのがつらくなるほどの感情を持ちます。(現在では、陰湿ないじめの対象にされているケースもかなりあるのではないかと思います。)

 しかし、文字で、「どもりは恥ずかしい」、「かっこの悪い」と書いたとしても、第三者からみた場合はそれほどでもないような印象を持たれがちです。
また、「多少のどもりを気にして何かができないなどというのは甘えではないか」と思われることも多いようです。(家族も含めて)

 「かっこわるい」「恥ずかしい」と思う子供のことから刷り込まれてしまった感情は、「明日からはそう思うのはやめよう!」として簡単にやめられるものではなく、どもりの症状そのものと相まって人生を苦しいものにしています。
*ひとつの方法として各種の心理療法(日本発のもの、欧米のもの)があります。私も専門家(精神科医・臨床心理士)のもとに行いましたが、毎週のように指導を受けながら長期間行うという恵まれた環境でも、いわゆる「効き目」は、ことどもりに関しては、ありませんでした。ましてや1回や2回専門家にかかったり講演会を聞いたりするくらいでは、一時的に気持ちが楽になるかもしれませんがそれ以上のものはありません。興味を持って行ってみようという方は、民間療法ではなくて、(精神科医、臨床心理士、または専門に研究している大学教授)指導のもとに長期間継続的に行って行く必要があるでしょう。

 現在、メールなどによるコミュニケーションが発達した割りには、学校などの教育現場では、「自分の意見をまとめて人の前で上手に発表すること」の重要性が語られています。
 背景には、産業界からの、「話し言葉によるコミュニケーションスキルの向上」が求められている事情があります。
 その結果として、多くの学校で、パワーポイントなどのアプリケーションを使ったプレゼンテーションのまねごとなどが行なわれています。
(実際にプレゼンテーションの教育に携わってみると、教わる生徒よりも、むしろ、教える側の先生のプレゼンテーションの下手さにあきれてしまいます。)

 そのような、「話すことを重視する」環境下で、学校に通っている、どもりを持っている少年少女は、今まで以上に生きづらさを感じているかもしれません。

 かつては、学校が終われば大都市圏内でもどこかに空き地があり、カバンを投げ捨てて野球をしたり鬼ごっこをしたりなどのアウトドアでの遊びがありました。言葉も使いましたが、同じくらい体も使って遊んだものです。

 しかし、いまは限りなくインドア・・・・・・外でスポーツをする場合でも誰かに管理されていますね。「おおらかさ」が日常からなくなっています。

 人間はいろいろなことで、とことんまで追い込まれてくると、最終的には「死」を思います。(最近は他人を巻き添えにしようとする人も増えてきました。)

 どもりの場合でも、ある程度以上の重いどもりを持ちながら、まわりの環境(家庭環境、学校・職場環境)が本人にとって厳しいものならば、次第に心理的に追い詰められてきて「うつ状態」になり、「自殺」を考えることもまれではないでしょう。

 また、明らかにどもりによるものと思われる失敗、学校や仕事上の日常的な失敗から、就職の面接、進学の面接などの人生の節目における大きな失敗が重なってくると、人が生きていくための「心のリソース」が欠乏してしまいます。
 そして、うつ状態になり、突発的に自殺を試みる場合も出てきます。

 私の場合は、とことんまで精神的に追い詰められて、死にそこなって、そこで、「目覚めた」。「絶望することで目覚めた」という、なんとも危険な経験をしています。

 もちろん、こんなことは絶対にお勧めしません。なぜならば、自殺の悪いところは、死んだ自分よりもまわりの人々(家族・友人・同僚)に長く続く精神的な苦痛を与えるところだからです。

 自殺を考えるときは、自分ひとりで心が迷走しています。普段は決して行かない細い道にあてもなくどんどん進んでしまっています。
 そのような状態からは自分だけではなかなか抜け出せませんから、家族や友人のサポートが必要なことはもちろん、そうなる前に精神科医やカウンセラーに相談することが必要です。
 日本でも精神科医にかかることの敷居が低くなってきたので、躊躇しないで病院に行ってください。

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吃音と自殺願望(絶望を超えて生きるということ) (定期的に掲載 、一部改編:初掲載2008年8月6日)」への2件のフィードバック

  1. りんご様
    管理人です。書き込みありがとうございます。
    自分ひとりで悩んでしまい、迷いそうな細い道に入り込みかけていますね。注意してくださいね。
    過去のことはともかくいまのご主人は、りんごさんのどもりのことを分かりかけているのではないでしょうか。
    これからが、ほんとうのおふたり、いや、ご家族の始まり、その前の産みの苦しみのように思います。
    良いご主人だと思いますよ、

    どもりのことをいわずに結婚した、でもある意味言わなくてもごまかせる(失礼!)くらいのどもりの重さでもあったのですね。
    *客観的に見て軽いどもりの方が耐えきれないくらいに悩んでいることは良くあることです。
    私も子供の頃からどもりで悩みましたが、日常生活の何気ない会話で常にコミュニケーションに苦労するような重さではなかったので、りんご様のお気持ちは手に取るように分かります。

    自分を責めすぎですね。やっと、ご主人にリンゴさんがいままでどれほどどもりで苦労したかを分かってもらえるときが来たのかも知れません。
    仕事にしても、言葉を使わない仕事やあまり使わない仕事、また、言葉を使うとしても看護師さんのように緊張状態で使わなくても良い仕事もありますね。
    考え込んでしまうと心は狭いところ狭いところと入り込みがちですので、意識して注意してください。

    先日直接のメールで紹介したセルフヘルプグループですが、いまのりんごさんにぴったりだと思います。
    事実上女性だけのグループで皆良い人ばかりです。リンゴさんのことを分かってくれる同姓のメンバーがたくさんいると思います。
    りんごさんのお住まいはどこかはわかりませんが、場所は離れていてもネット上で連絡を取り合い、たまに集まりに参加すれば大いに気持ちも救われると思います。お勧めしますので、詳細で質問があれば直接メールください。

    ご自分のいまの状態を必要以上に深刻にとらえすぎていることが、客観的な立場で文章を拝見するとよく分かります。
    うつ的な状態になりがちです。朝日をしっかりと浴びてストレッチなどをしながら少しずつ頑張りましょう。
    少しずつ変えていけば良いのです。お元気で。

  2. りんご と名前を変えました。
    今日、家族で、電気屋に冷蔵庫を見に行きました。製氷機が壊れたため、値段のリサーチに行きました。帰りに、喫茶店によって、主人と色々話していました。主人は、地方公務員なのですが、給料が、何%下がってしまうとか、つまり、お金の話しになりました。以前コメントさせて頂いたときに、吃音のために、看護師を続けたくても、吃音のために続けられない、患者さんに迷惑かけてしまうすと思い、やめてしまい、今は専業主婦をしています。娘が一人いて、4月から中学生になるんですが、回りのお母さん達は、働いている方が多く、わたしの看護師の学生からの友人も、結婚、出産し、みんな看護師に復帰しています。専業主婦なのは、私だけです。
    主人は時々、悪気はないようなんですが、職場の奥さんが、救命救急の看護師をしているとか、夫婦で働いてるからとか色々共働きの話をしてきます。言われる度に、私の心は働けないという、罪悪感でいっぱいになり、傷ついてもいました。今日その話題にまたなってしまい、私は主人に、いつもそのこと言われるの辛い、私は働きたくても働けない、そう言われると傷つく、と言って、思わず涙が出てきてしまいました。そのあと、家に帰り、寝る支度をして、私は落ち込んでいました。帰ってから2時間以上、主人が話しかけてこないので、怒ってるの?って聞いたら、おこってないよ。さっき泣いてたでしょ。すごい罪悪感で悪いなと思って、と、どうやら涙ぐんでいるのです。ゴメンねと私に謝ってきました。私は帰って申し訳なくて、主人に謝りました。でも、謝らなくてもいいよ、悪いの自分だからと言うのです。こんな主人見るの初めてでした。
    私達が付き合っていた頃は、携帯を持っていない時代でした。五年間付き合って、私からは一度も電話できませんでした。理由もわからないまま、主人24才、私 25才で結婚しました。結婚して、しばらくしてから、吃音のことは打ち明けました。ここからが、民間のカウンセリングに通い、主人に辛い気持ちをわかって欲しいけど、わかってもらえない、そんなことが続き、しだいにケンカというか、私が、一方的にイライラしていました。出産してからは、子育ての不安と重なり、ギクシャクしていたように思います。トラブルがあり、そこのカウンセリングには通うのをやめました。そのあとも、何件か、吃音矯正に通いました。でも、ダメでした。
    今日、涙流している主人を見て、私は、今まで、辛い気持ちをわかって、って、訴えてきました。なかなか伝わらず落ち込んでいたり、イライラしたり。そもそも、吃音のこと、かくして結婚したのが、悪かったと思い、主人に謝りました。でも、そんなこと言わなくていいよ、と言ってくれました。私と話すのが辛かったみたいです。寝付くまで、泣いてる気配を横で感じました。
    私は、自分の辛い人生に、主人を巻き込んでしまったんだなと、初めて、事の重大差に気付きました。私は、回りのひとを傷つけてばかり、子育ても、主人に学校に一緒にいってもらう。入学式にも出れない。私は、どうしていいのかわかりません。誰にも相談出来ません。このサイトに、コメントを書くしか出来ません。セルフヘルプグループへの参加は、正直抵抗があり、今は色々ありすぎて考えられないです。子供のことを思うと、蒸発も、自殺も出来ません。辛いです。普通な楽な生活を送ってみたいです。こんなわたしには、無理なのでしょうか。

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