吃音を持ちながら人生の節目を超えていくこと (再掲載一部改編:初掲載2006年9月30日)

 どもりを持った人が長い人生を生きていく過程で、進学、就職、(転職)、結婚・・・・などの人生の節目をどのように越えていくか、また超えられるか、ということは、重さや、症状を含むどもりのいろいろな面に大きな影響を与えます。
 当然、人生設計そのものにも大きな影響が出ます。

 それらの節目をうまく乗り越えられれば(不器用にでもなんとか乗り越えられれば)、「あくまでも結果的にですが」症状としてのどもりが大きく改善されることもあります。

*もちろん、軽くならないこともいくらでもります。どもりとは大変複雑な障害で簡単なものではないことは、どもりを持っている方ならばおわかりのことと思います。

 さて・・・、
 どもりを持ちながらも自分らしい充実した人生を送るには、「必要以上に大きな挫折を経験しない・させない」、ということが重要だと思います。

 人生に試練は必要で、特に、「若い頃の苦労はかってでもしろ・・」と言われますが、それにも限度があります。

 その人の人生の節目を乗り越えるのにも大きな悪影響を与えてしまうような重いどもりなのか?

 その「重い」というのは、客観的な症状が重いのか?
*端から見るとほとんどどもらないように見えても、本人がそれを深刻に捉えて自殺を意識するほど悩んでいる場合もあるのです。

 どもりの人を囲む人々(家族、友人、アドバイスする人など)ができることは、
どもりの症状そのものの改善を期待しての助言(残念ながら的外れのことがほとんどです)よりも、
どもりであることでのマイナス面のみを強調され、生きる自信をなくしてしまうような形ではなく、その人のの良い面や得意分野をのばしていくことができるように協力することです。

 人生は確かに厳しいものですが、厳しさを説いたりするだけでは心が萎えてしまい、いろいろな挫折から立ち直ることができなくなります。

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吃音を持ちながら人生の節目を超えていくこと (再掲載一部改編:初掲載2006年9月30日)」への2件のフィードバック

  1.  管理人です。書き込みありがとうございます。

     苦労されましたね、そしていまでもしていますね。
     いまできること(すべきことは)、まずは自分のどもりのことを隠さず話せる(話し合える)友人を持つことでしょう。どもりのセルフヘルプグループなどに参加するのが近道と思います。これだけでもかなり追い詰めたこころが救われます。
    *セルフヘルプグループのメンバーは吃音についてのいろいろな情報を持っていますので、そういう意味でも役に立つと思います。

     精神科にもかかられているということ・・、それは良いことです。精神科の先生は良く話しを聞いてくれますか?、吃音には理解がありますか?
     日本の精神・神経科では保険制度の問題もあり、十分な時間をかけてカウンセリングをしてくれず、投薬のみに頼ることが相変わらず続いています。
    医者を頻繁に変えることは良いことではありませんが先生と相性が合わなかったら他の医者にかかってみることもひとつの方法です。(個人病院ではなく、医者が複数以上いて変更可能は中規模以上の病院に行くこともひとつの方法ですね。)

     日本には多くのどもりで悩んでいる人がいらっしゃるはずですが、めぐめぐさんのような経験は、ある意味で典型的な日本における吃音経験だと思います。
     経済大国で科学技術も進んだ日本なのに、子供の頃からどもりで悩んでいる人をきちんとサポートするシステムができていない。
    家庭では子供の吃音に無関心か、またはどもる度に注意したり言い直しをさせている。
    *いまの、どもりを持っている子供は、昭和の時代の子供よりいろいろな意味でさらにきびしい環境に置かれていると思います。

     必要以上に精神的に落ち込まないように工夫してくださいね。そして言葉の面でも良い方向に向かうようにいろいろと工夫してください。
    私のブログが少しでもお役に立てれば良いと思っています。

    何かありましたら、いつでもここに書き込んでいただいても良いし、また直接メールしてください。
    ご自愛ください。

  2. 物心ついた頃から、吃音で悩んでいる、42才の専業主婦です。ちなみに、両親は、私が、32才のときに吃音を告白して、初めて私が、吃音ということを知りました。でも、母親の反応は冷めていたことを、今でも忘れられないです。手紙を書いて、目の前で読んでもらいました。今まで辛かったねの一言もなく、手紙もうちにおいて帰ってしまいました。30才で出産し、吃音のため、子育てにものすごい不安があり、うつ状態になってしまい、精神科に今でも通っています。子育ての中で、吃音のためにものすごい支障が出ています。学校へ行く日は、必ず主人に会社を休んでもらい一緒に行き、役員は、主人にやってもらいました。ちなみに、懇談会は一度 も出たことありません。というか、パニックになりそうで怖くて出れません。学校以外では、吃音による不便はだいぶなくなりました。ちなみに、今通っている病院に行く前に、民間の吃音矯正やカウンセリング、色々通いました。はじめと比べれば、学校関係以外なら、なんとか電話できるレベルまではいきました。でも、何年間もかけて、この程度の進歩です。話したいことがあって、言葉の置き換えができなければ、話しません。幼稚園から看護婦になりたくて、たくさん勉強して夢を叶えました。でも、吃音の私には、責任の重すぎる仕事でした。私の吃音は難発性です。患者さんに迷惑かけないために、二年間で退職しました。命を預かる仕事です。吃音の私には、やってはいけない仕事でした。せっかく夢を叶えたのに、現実は残酷でした。吃音でなければ、何度考えたかわかりません。
    仕事をやめて、結婚し、でも子供を産む勇気がなかなかでなくて、五年間作りませんでした。なんとかなると思い子供を産み、幼稚園に入る2年前位から、だんだん不安を強く感じ、うつ状態になってしまいました。結局、うつ状態のため、幼稚園ではなく保育園に通うようになったのですが、それからが、不安の毎日の始まりでした。子供は可愛い。でも、どうしても、ママとも作りをしたくない、連絡網は主人の携帯、学校関係が、どうしても、死んでも無理なんです。子供にワルいなという罪悪感。私が、吃音でなければ、全然違うとおもいます。本音は、学校関係の人とかかわりたくない、というか、かかわれない、学校には行きたくない。4月からは中学生です。この前、主人と入学説明会に行ってきたのですが、体育館で入学式のあと、ドアを閉め切りにし、役員を決めると言うのです。私は、その様な場所には絶対無理なんです。入学式出られない。子供になんて言おう。家に帰る前に、ずっとなき続け、しばらく帰れませんでした。それから、私は、入学式出られないと頭がいっぱいで、体調をくずしてます。もう、死にたい、なんでこんなに辛いんだと毎日泣いてます。
    小学生の時の本読みは、いつも詰まって言葉が出なかったのに、先生は親に報告してませんでした。小さいとき、父親に言葉の言い直しをされた記憶もあります。ちなみに、しつけの厳しい親でした。父親には、たんこぶが出来るくらいの力でゲンコツされてました。でも、覚えてないそうです。このサイトを見つけて、今親に読んでもらってます。やっと吃音の辛さがわかったみたいです。でも、私の辛さは変わりません。死にたい、居なくなりたいです。でも、子供を思うと。死ぬ気になればなんでも出来るとよくいわれますが、私は、出来ません。毎日とても辛いです。

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