吃音:肩の力を抜いて、他人(ひと)と自分を比較しない生き方ができるか?(再掲載一部改編:2008年10月)

 どもりをもっている人は、小さな頃から、どもる自分をどもらない人と常に比較しながら生きているように思います。(というか、「そのように考えてしまうように育てられてしまった」というほうがほんとうのところでしょう。)

 人間において最も重要なコミュニケーションの手段である「話し言葉」に明らかな違いがあることは、ものごごろついてくればわかってきます。
(これも、自分で意識するというよりも他人の指摘によるところが大きいでしょう。)

 高度にIT化されつつある現代社会において要求されるものは、「話し言葉による高度なコミュニケーションのスキル」であることは、吃音者にとっては皮肉なことです。

 どもらない他人と、どもっている自分を比較してみても、あまり良い考えや、前向きな気持ちは出てきません。
 でも、悲しいかな、普段は「どもることは気にしない」と思っていても、何か言葉の上での大きな失敗をするごとに、「どもっていないIFの世界の自分」を思い浮かべて現実の自分と比較していることがあります。 

 「肩の力を抜く」ということは、無理してまで、「どもる自分をそのまま認めてあげよう」と思うことではなくて、「気持ちが揺れ動き、迷いに迷う自分」も認めてあげることではないでしょうか。

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