吃音と自殺 (再掲載一部改編:2007年5月27日)

 いきなり刺激的なテーマで驚かれたかもしれませんが・・・
ある程度以上の重さのどもりを持っている方、日常生活に支障をきたすレベルのどもりを持っている方ならば、生きてきたなかで「自殺」を意識されたことがある方は相当数いらっしゃると思います。(私もそうです。)
*自分のどもりをどのように受け取るかということは個人差がとても大きいので、必ずしもどもりの重さに比例して悩みが大きくなるわけではありません。客観的にみてかなり軽いどもりでも、本人としては大きく悩んでいて動きが取れなくなっている場合も少なからずあります。特に子供の場合には、家庭環境により(家族がどもりに理解があるかどうか?、こころがくつろげるような家庭か?)大きく変わってきます。

 今日(2007年のことです)の産経新聞「1面」に、「心の闇」についての特集があります。いわゆる「酒鬼薔薇」事件以後の犯人は広範性発達障害と診断されるケースが多いとの記事です。

 何年か前に(2012年現在ではだいぶ前ですね)、ともさかりえの主演でアスペルガー症候群の女性のドラマがありましたが、知的障害を伴わないことも多いそれらの障害者は、人の気持ちを読み取ったり場の雰囲気に合わせることが苦手で、コミュニケーションを円滑にとることができません。

 本来はおとなしい彼らが、いじめにあったり、理解がない環境で追い詰められた結果が、いろいろな犯罪として表面化している部分がだいぶあるのでしょう。
障害そのものではなくて、周り人の対処の間違いなどで本人を追い詰めて事件を起こさせたり、自殺に追い込むようなことは結構あるのではないでしょうか。

 そして、どもりの場合にもそれは当てはまります。
 ブログが作れるようになってから誰でも気軽に情報発信ができるようになりましたので、どもりを持った人の「生の気持ち」がネット上に出てきました。
なかには、どもりであるがために、表面的には会社や学校に行っているが心の中は絶望的とでもいえる状況にある方のブログにも接することができます。

 コミュニケーションに障害があるということは、現代を生きる人にとって、人生に大きな影を落とすことになるのです。
学生のときは、指名されるたびに最初の言葉が出てこなくて立ちんぼ。そのうちに先生が気をきかして指名しなくなる、教科書の音読でも順番を飛ばしてくれる。(ほっとする反面、劣等感が醸成される)
 吃音の重さが重い場合や軽いどもりでも心理的に重いどもりの場合は、学校を出ても自力ではなかなか就職できない、コネで入れてもらった会社でも居づらくなってくる。
学校の場合はともかく、職場(民間会社)は儲けてナンボの世界ですので、電話もまともにできない人間にとってはとてもいずらい場所です。

 このような人生を送ってきたある程度より重い吃音者は(私もそうですが)、「いままで、なんとか生きて来られたことだけでも、よくやった、頑張った」と自分を認めてあげることが必要ではないでしょうか。自分を甘やかしましょう。
そして、「今いる、この位置から一歩ずつ踏みしめながら生きていけばよい!」と思えば良いのではないでしょうか。
 場合によっては、いまよりもさらに下がった位置からの再スタートでも良い(ゼロからのスタートではなくてマイナスからのスタート)と思うことも必要です。
そうすれば、「自分なりの人生が送りやすくなる」と思います。
*家族や友人などの周りにいるの人たちも、そんな生き方を認めて褒めてあげてください。

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