吃音児や吃音者の自由な想いや考え方を(まわりの人たちが)じゃまをしないようにすることの大切さ(再掲載一部改編:2011年2月24日)

 日常生活でも困るくらいのどもりを持っている吃音児や吃音者で、どもることでこころが追い詰められている場合には・・・、
「わらをもつかむ思い」で、「治る」とか「軽くなる」という情報に飛びつきます。

 当たり前ですね。
 どもりのために登校拒否や引きこもりになりそう、
なかなか就職できない。ようやく入った会社もいられなくなりそう・・・など
 そのような、家族にも言えないような状況では、どもりが「治る」「軽くなる」ことを望みます。

 今回は、そのような「吃音者の悩んだり、迷う心」を大切にすること。
 他者が「今のままでよい」とか「治すべく努力した方がよい」などという考え方を強制しないことの大切さを書きます。

★子供は判断できない(大人に影響される)
 子供の素直な意見を殺さないことです。
「治すべき」「いまのままでよい」などと、大人が子供に選択を迫らないことです。
「治したい」というのが子供の素直な気持ちならば、治すべく最大限の援助をしてあげましょう。
言語訓練の希望があるならば現在において最新の言語的訓練もしましょう。

 子供の場合はむしろ親を含む家族が問題かもしれません。
そのような場合には、親や家族の間違った考え方や問題のある家庭環境を直すための家族へのカウンセリングや指導も必要でしょう。

 どもりを持ったこどもも、成長とともに、自分で、いろいろと考えはじめます。
今の時点での「治療の限界」をこころとからだで感じはじめます。
*、とても希なケースですが、幸運にも吃音に知識と関心、経験のある言語聴覚士や精神科医・臨床心理士などに出会えて、また家族の暖かい理解にも支えられながら(つまり、総合的にサポートされながら)言語訓練やカウンセリングを受けられた場合には、結果として大きく改善される場合もあります。このあたりのことが吃音の問題を複雑にしているのです。

 子供の頃は大いに自分で迷うのがよいのではないか?
 ただし、どもりのこどもを囲む環境面で決定的に不足していることがあります。
それは、吃音について専門の学問を積み高度に訓練された本当の意味でのプロフェッショナルがほとんどいないことです。

 そんな専門家がこどもが気軽に通える範囲にいて、いつでも相談に乗ってくれる環境を作った上で、思い切り迷い、自分なりの答えを出せるようにしてあげたい。

 おとなになれば、どもりであるがゆえの就職の困難さ、吃音者には厳しい職場の現実などが確実に待っているのだから、こどもの頃にそれらに柔軟に対処できるような、こころの柔らかさや強さをつけさせてあげたいですね。
絶対に、我々と同じ経験はさせたくありません。

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