吃音:こどもの頃、それもできるだけ早くに対応すること

今回は私の経験です。

こどもの頃の「どもりの重さの波」は比較的単純で悪化の予測ができました。(だから楽だったということではありません)

私の場合は、季節が秋になり寒くなってくるとどもりが悪化する、また短期的には風邪をひいたりして体調が悪いと悪化する傾向がありました。
( 「と思っていました。」 ・・・というのは「そう思う」ことによって自分のこころが壊れることを無意識のうちに防いでいたのかもしれません。自己防衛ですね。)

ことばの調子のよいときは、授業中に先生に指名されて立って教科書を音読するときにも比較的すらすらと読むことができましたが、
調子が悪くなってくると全く同じ状況下でも最初のことばが出てこずに立ちんぼになってしまったり、読んでいる途中でどうしても発音できないことばでつまってしまう、この不安定さが少年の私の心を追い詰めていきました。

家庭内の日常的な会話においても同様で、比較的「話せる」こともあれば、昨日まで話せていたような同じ状況下で同じようなことが今日はどもってしまって言えなくなるということの繰り返しでした。
家庭の雰囲気がどもる自分を受け入れる雰囲気ではないことをこどもの心で察していたので、調子の悪いときには極力しゃべらないようにしていました。
*私のように、「調子の良いときはほぼどもらずに話せる」ということもなく、常にどもっている方もあたりまえのようにいることも考えないと、どもりの問題を考えるときに大きな間違いをします。

そのような状況でも家庭や学校では明るく振る舞っていて、どもりの悩みなどは決して顔には出しませんでしたが、
不安定なこころを持った不安だらけの生活のなかで、「死ねたら楽だろうな」と、常に心の奥では自殺を意識していたような小学生でした。
*このブログの過去の書き込みで詳しく触れていますが、家庭内の人間関係にも大いに問題がありました。
父と祖母(父の実の母親)が常にケンカしている状態だったのと、(自分も吃音を持っていた)父が私がどもる度に辛く当たったことです。それでも少年の私は明るく振る舞っていました。(典型的なアダルトチルドレンですね。)
少年の頃のことは今でも夢に見ますが、今の私がタイムマシンで飛んでいって少年時代の自分に対して、「我慢するな、荒れろ暴れろ、ぐれろ・・・」とアドバイスしてあげたいです。(笑)
*どもりの苦しみに耐えかねて精神科医にかかった19歳の春、先生に「いままで我慢しすぎたね。反抗したりぐれてればここまではこころが追い詰められなかったかもね・・と冗談交じりに言われ、私も一緒に笑ったのを思い出します。

学校生活という、同じ場所に毎日通い同じメンバーで狭い教室内で過ごすという閉鎖性のなかでは、どもりを持っているという特殊性が目立つこととなり、
「自分がとても異質なもの恥ずかしいもの」としてさらされ続けているような感じがしていました。とても辛かったです。

しかし、時代はまさに昭和40年~50年代の高度成長期。
世の中が今と違って明るかったのと、それ以上に地域のコミュニティーがまだ動いていて、駄菓子屋もあれば近所のうるさい(優しい)おじいちゃんおばあちゃんもいました。
必要以上にこころが追い込まれることはなく、極端のことに陥らずに済んだのだと思います。
生きている時代や住んでいる街そのものに、どもりで悩んでいるこころを幾分かでも和らげてくれる装置が内在していたような気がします。

吃音は発症後、就学年齢までにかなりの割合で自然治癒すると言われています。
理想を言えば3歳児検診などでどもり(らしきものが)見つかった段階で、小児科医から確実に言語聴覚士を紹介されるシステムを作っておいて、
吃音に知識と理解があり臨床経験豊富な言語聴覚士、精神科医、ソーシャルワーカー(家庭環境に問題がある場合)などのチームで治療や相談・指導にあたれば、かなりよい結果が出てくるのではないかと思います。
*どもりが治る・治らないということだけでなくて(治るに越したことはありませんが)、たとえ治らなくても、これからの厳しい人生をできるだけ生きやすい方向に持っていってあげるのが、どもりを持った親やどもりを持ったこどもをサポートする各種専門家の役目です。(人生にはいろいろな難関が待っています。そのうえにあらたに「どもり」という悩みを加える必要はありませんね。)

理想的にはそうですが・・・、そこまでいかなくても、悩みはじめる小学生になってからでも、
学校帰りや休みの日に歯医者さんに通うくらいの気軽さで通える、どもりに精通した言語聴覚士が常駐する施設があれば、こどものどもりの悩みが大きく緩和されると思います。
*たいしてお金がかかることではありません。

年齢が上がるにしたがって勉強もたいへんになります。また、進路(将来つきたい職業を考えて、それまでのロードマップを考える)も考えたりといろいろと複雑になってきますので、
できるだけ年齢が低いうちに有効な対策を打ってあげることが、どもることにより、こどもが「余計な苦労」をしないで済む方法です。

高校生になる頃には私のどもりは、症状そのものも、また、吃音者としての私の精神状態も、かなり複雑で自分でも先の予測がつかず制御できないようななものとなり、常にストレスを抱えているような神経症的なものとなりました。
もはや勉強どころではなく、なんとか生きているというところでした。

当時の私は考えもつきませんでしたが、いま悩んでいる皆さんは、もしもこんな状態でしたら、(こうなる前に・・・)
信頼できる精神科医を一生懸命にさがしてください。そして、こころの緊急事態を脱するとともに、どもりのセルフヘルプグループに参加したり、どもりのことを分かってくれる言語聴覚士を見つけるなどの、できるだけのことをしてください。

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