どもりを持っているこどもが感じていること

ある程度以上の重さのどもりを持っているこどもは、どんなふうに感じていて、どんなふうに困っているのだろうか?
例えば、

ちいさなこどもの場合は
★家庭内の何気ない会話にもついて行けないくらいのどもりを持っていると、家庭内でもいる場所がないと感じてしまうことがある。(安心してどもりながら話せる家庭内の雰囲気がほしいです。)
★家にお客さんがきて名前や歳を聞かれたときに、答えられないか、ことばが出てくるまでに時間がかかり、また、どもり特有の繰り返しか途切れ途切れのことばしか出てこないので、どもる度に落ち込んでしまい自己肯定感が醸成されれにくい。(子供の頃のこういう経験はこれからの人生に悪い影を残します。)
★どもる度に母親や父親から「言い直し」をさせられたり「ゆっくりしゃべりなさい」と注意されるので、余計あせったり落ち込んでしまう。家でもくつろげない。

小中学生は
★学校で先生や友達に聞かれても自分の名前が出てこないかなかなか出てこない。
★授業中に指名されても(答えがわかっていても)どもって答えれないか(答えられそうにないので)黙っている。先生にはゆっくりしゃべりなさいと注意されるがそれでかえって焦ってしまったり落ち込んでしまう。また次もどもるかと思うと明日学校に行きたくなくなるし、授業中も勉強に集中できない。
★家に帰ると学校にいるときの精神的な疲れでヘトヘトになっている。
★休み時間や放課後も、友達との何気ない会話もどもってしまい笑われたりいじめられる(ことが考えられる)ので、できるだけ話さないようにするかと友達とつきあわないようにする(つきあいたくてもなかなか仲間に入っていけない)

こんな状態が中学、高校受験、高校・・・と続いていくと、どもることによる悪影響が学業や友達関係などにボディブローのようにジワジワと効いてきます。
確かに、「苦労」が人を作るという側面も否定はできませんが、こどもの頃から長い間、24時間続く障害なので、
日常生活や学校生活におけるコミュニケーションに支障が出るような重さや症状の場合は、また、こどもの時期から思春期後半くらいまでの環境(特に家庭や学校における精神的な意味での環境)が劣悪なときは、こどもの心には負担が大きすぎてこころの病気になったり引きこもりになるなどの大きな問題が出てくることも十分に考えられます。

しかし、重いどもりを持っている人ほど社会参加をしなくなる傾向があり、また、吃音者が社会に対して自分達の深刻な窮状を訴えるようなことをしない(恥ずかしくてできない)ので、
いつまでたっても、「どもり」がたいへんな障害であることが社会的に認知されず、国や地方自治体が治療法やリハビリテーションの方法を本格的に研究したり、病院で積極的に取り組もうとしないのです。

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