ある程度以上の重さの吃音を持ちながら現実と対峙し生きていくこと(その1)

小さなこどもの頃(2~3歳)から始まったどもり、それも何気ない日常会話にも支障が出るくらいの重さのどもりを持っていると、その人は24時間常にどもることを意識しながら成長していくことになります。
*希な例かも知れませんが、親や兄弟などの家族が吃音に理解がある場合。つまり、どんなふうに困って悩んでいるかを積極的に知ろうと努めて、せめて家のなかだけでも安心してどもれるようにつとめたり、また、学校で、どもることにより恥ずかしい思いをしたことをフランクに話し合えるような環境があれば、それで「どもりが治る」ということではありませんが、どもりの悪化の防止、どもることに対するこころの耐性をあげることができるでしょう。

こどもの世界はある意味、容赦のない世界です。
どもれば笑われ、からかわれるし、真似されます。いじめられることもあるでしょう。
無邪気な笑い・からかいは、昭和の時代からありました。むしろ、そういう小さな逆境をこどもの頃から経験することにより、いろいろなことを学び自我を形成していくこととなりました。

しかし、いまの「いじめ」は、最悪の場合、死に至るような、執拗で人の道をはずれた犯罪となる場合があります。それほどまれなことではなくなりました。
どもりを持っているこどもを持つ親や、担任の先生、また、相談を受けている専門家(言語聴覚士、精神科医など)は、そんなことが起こりうる日本に住んでいるということを考えながらサポートしていく必要があります。

現実の世の中は競争により成り立っているところが大です。
学校の勉強も、スポーツも、社会に出てからの仕事も他者に評価されることにより成り立っています。これが現実です。
またそれがある故に達成感を味わったり、敗北感を味わいます。
物事がうまくいかず結果が出なかった場合には、その失敗がやがて前向きな努力へとつながるのがあるべき姿ですが、現実はどうでしょう。

いまの日本では同じスタートラインにも立てなくなっている人が多くなっています。
というよりも、スタートラインにすら立てない人もいるでしょう。
スタートラインに立てたとしても、たった時点ですでに大きく後れをとっていて、挽回するには差がつき過ぎている場合も多いです。

以前にも書いたことがありますが、
日常会話に支障が出るくらいのある程度より重いどもりを持っている場合には、かつての好景気時の日本においてもたいへんな就職難でした。
電話がまともにかけられない、挨拶を明るくはきはきとできない、という状況では、事務系や営業系の仕事に大きな支障が出ますので、採用する方も困るし、応募する方からしても敷居が高くなります。
しかし、かつての日本、私がこどもの頃の昭和40年代末くらいまでは、東京近郊の都市でも、いわゆる会社に入らなくても、家業を継いだり、商店街の小さなお店で働いたり、農業に従事することにより人並みの人生が送れるという、地域社会にビルトインされた吃音者を守る仕組みがありました。

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