吃音とおとな

 吃音者の集まりで、「自分はこうしてどもリを治した、克服した」というスピーチを聞くことはまれなことではありません。
*私も30歳代の前半頃、なんとか自力で営業職に就職できてちょっと自信もついてきた頃ですが、得意げにそんなスピーチをしていました。(過去に詳しく書いていますが、実はそれからがほんとうの苦労の始まりだったのです。)

 ある程度以上実社会でもまれた吃音者ならば、自分のどもりが・・・
★いままでより軽くなっている、
★ほとんどどもらないようになってきた、
こんな状態をぬか喜びするのではなくて冷静に分析できるようになってきます。

 「自分のどもりが治った」というよりも、自分の努力により社会のなかで自分のいやすい活躍できる場所を確保して、自分が(ことばの面で)生きやすいように持っていくことができている・・・、
★その結果として、「どもりの症状が安定していたり、軽くなっている」
 ということを冷静に分析し自覚しているのです。

 吃音者の「克服談」、「治った談」を聞くときに、例えば・・・
 重いベテランの吃音者の克服談、例えば自営のような仕事をしていている方のスピーチを、
若い吃音者、それも比較的軽いどもりだが大きな会社組織のなかでもまれてたいへんな苦労している方が聞くと、
「この人はオレの環境ならば、すぐに悪化してしまうな・・・」という感想を持つでしょう。

 どもりの重さも、症状も、年齢も、生きている環境も、環境への適応能力も、それぞれ違うのですから、
自分の状況に合わせてできるだけ(ことばの面で)無理なく生きていかれる環境のなかに身をおけるように努力することが、
★どもりを悪化させない、少しでも軽くする、おとなの方法なのです。

 「克服談」、「治った話」を、することも聞くことも大いに結構ですが、そういうおとなの前提のもとに話したり聞いたりしないと、
 いまどうしようもなく悩んでいて、わらをもつかむ思いで話を聞きに来た人が、「やっぱり自分の考えが甘いのか、努力不足なのか」と必要以上に自分を責めたり、いままで楽しくどもりの集まりに参加していたのが次第に通いづらくなってしまうことになってしまいます。

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